サーキットは怖いところか。
(/08/29)
うん。確かに怖いところだと思う。
僕は基本的にはサーキットは公道より遥かに安全だと考えている人間だけど、いざそこを自分で走るとなったら、それなりの緊張とある種の恐怖を禁じ得ない。
でもそれは、サーキットが公道に比べてスピードが出るから云々は、僕の場合はあまり関係ないことだ。僕は、サーキットのような安定的な環境下でスピードを出すことは、怖くもなんともない。むしろ僕は、そういう場では、自分がスピードに対する恐怖心をあまり持てないことが逆に怖いと思っている。
障害物がなく、対向車もないサーキットでは、公道ではとても試せないような全開状態を、いとも簡単に維持しながら走ることができる。公道では躊躇するような速度でも、あっけなくコーナーに飛び込める。すると、「(自分とクルマの)限界はどのあたりなのか」ということに関する好奇心が急速に頭をもたげてくる…。
そして僕はかならずそこでスピンするほど攻め込んでしまう。
少なくとも、これまで僕がクルマ(四輪)で参加したサーキット走行会ではかならずと言っていいほどスピンした*。そうすることで、自分とクルマの限界を見極め、自身の技術的ベースアップを図ってきた。一度意図的に限界を越えてみて、そこからの逆算でセーフティマージンを読み取り、走りを組み立ててきたのだ。これは基本的な安全性が確保されてるサーキットならではのアプローチ法だと思う。
*僕がそこまで攻め込むのは、後続のクルマがいないこと、あるいはコースアウトしてもぶつかるような障害物がないことを確認したときに限られる。現に僕はサーキットでスピンして、クルマをぶつけたことは一度もない
しかし、今後参加を予定しているバイクでの走行会では、そうしたクルマと同じアプローチで走ることは、リスクがあまりにも高すぎる。なにせバイクなのだ。限界を越えたら、そこに待っているのは「転倒」の二文字である。僕が大金持ちで、いくら転んでも大丈夫、修理代も病院代も好きなだけ使えるのならそれもいいかもしれないが、いまの僕にはそんな余力はまったくない。一度の転倒ですべてが終わる。それくらい「ギリギリ」での参加なのだ。僕が長いことバイクに親しみながら、それでのサーキット走行を躊躇してきた理由がそれだ。だから、自分のスピードと限界に対する好奇心を、どこまで抑えつつ走りを組み立て、安全を確保した上で走りを完遂するかが、今回僕がバイクでサーキットを走る際のメインテーマとなる。
それとあとひとつ、サーキットがやっかいなのは、そこがある種の「極限状態での社会参画の場」であることだ。
自分一人でアタックするジムカーナとは異なり、当たり前だけどサーキットでは自分以外の人が、みな一人ひとり異なる考え方で、同じコース上を同時に走っている。そして、そこには必ず自分とは考え方の相容れない人間がいる。これはそこが「小さな社会」であるのだからいたしかたのないことだ。だからそれは、そこへの参加を決めた以上は黙って受け入れるしかない。
僕は自分と他人の安全を確保した上で走りをどうするかを第一に考えるが、中にはそうではない人間もいるだろう。そうした場合、思想信条の部分で衝突するだけならまだしも、それが「物理的衝突」に繋がるようなら大問題だ。もしそうした状況に陥る危険性が少しでも見受けられたら、僕は自らが先にそこから身を引く。それが自分(と他人)を守ることになるからだ。こういっては何だが、所詮趣味の領域の話である。それで嫌な思いをしたり、ましてや怪我をしたりさせたりというのはあまりに割が合わない。
僕がいま感じている不安は、自分の勝手のわからない世界に足を踏み入れようとしている不安である。その村にはその村ごとのルールがある。もし僕がその村にとって、招かれざる客であるなら、僕はいつでもそこから出て行く用意が、すでにある。
カテゴリー
【ドリコムログ】トラックバックURL:http://chihirog.blog104.fc2.com/tb.php/379-da760d46