人との出会い、つながりというのは大事なんだな。
■タモリの手には白紙…あふれる感謝そのままに〜◆タモリ弔辞全文◆(livedoor ニュース:スポニチアネックス)http://news.livedoor.com/article/detail/3766896/仮に僕がいま死んだとしても、こんな弔辞読んでくれる人なんていないだろうし、僕が誰かの訃報に際しても、同じような弔辞を読むことはないだろう。僕はかなり意識的に他人との深い関わりを避けるところがあるし、僕の日ごろ行っている「誰かのために何かをする」、という行為は非常に限定的で、対外的な影響力をほとんど持たないからだ。ここにある赤塚不二夫/タモリ両氏の、奇跡のようなつながり方には、僕は(自分にそうした素養がまったくないからこそ)感動を禁じえない。
〜私もあなたの数多くの作品の1つです。〜赤塚不二夫氏の作品については、僕はテレビアニメとしてごく当たり前に接してきた。タモリも子供のころからごく当たり前にテレビで見続けてきて、ああ、確かに言われてみればこれは共通した作品だなと思った。人が人に与える影響というのがここまで大きく、現実世界を動かすのか。僕は人の生を生きるうえで、大事な一要素を非常に軽視していて、そのために損していることもいっぱいあるのだろうことを改めて認識したが、これは僕の選んだ(いまさら変更の効かない)生き方なので、これはこれとして受け入れるしかない。僕は他人との間に壁を打ち立てることで自分の居場所を確保しているのだ。それは単純な拒絶とはちょっと違う。こっちへおいでと手を差し伸べられたネコが、最初は必ず一度は逃げるのと同じ理由だ。単に自己防衛本能が要求する「テリトリー」を、多少ほかの人よりも明確にしているだけだ。僕は他人とは距離を置くが、それは他人を否定することではない。
〜あなたの考えはすべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は、重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また、時間は前後関係を断ち放たれて、その時、その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち、「これでいいのだ」と。〜これでいいのだ。僕もそう思う。そこに至るアプローチや、問題の解決手法はまったく異なってはいるが、到達する結論は同じことだ。「これでいいのだ」
偉大なる先駆的クリエーター、赤塚不二夫氏のご冥福を、心からお祈りする。