珍しくエイ出版の本を誉める。
〜使えるライテク・岡田忠之のホンダ車乗りこなし〜元GPライダー・岡田忠之氏によるライディングテクニック解説である。そこに書かれていることはあまりにもオーソドックスで、当たり前のことで、でも誰もがそれができずに悩んでしまうことが多岐にわたって指摘されている。同じエイ出版でも、
ライダースクラブの方で展開されている訳のわからないライテク解説の方が好きだという人にはお薦めしないが、なんら特別なことをしない、ベーシカルなライテクこそが一番身を助けるし、バイクを安全で楽しく走らせるには必要なことと考えるタイプのライダーには、この本で岡田氏が語っていることすべてに首を大きく縦に振ることだろう。
だいたい、ライディングテクニック(フォーム)って、自分が何か特別なことをやっているんだという意識があるうちは駄目なんだよ。例えば腕のどこかに力を入れるとか入れないとか、足のどっちをどれくらい開くとか開かないとか、それこそ膝を擦った擦らないだなんだ、バイクを走らせていてそういうことが気になっている(どうすることが自分にとって正しいかわからない)うちは、絶対にコーナーを攻めるだなんだは考えてはいけないし、またそんな状態では、バイクそのもの、ライディングそのものの本当の楽しさも分からないと思う。禅問答的にいえば、ライディングって「何もしないをする」ことなのだ。バイクという道具を使って、この世界を成り立たせている物理法則に働きかけ、自然のままに走る。自然の物理法則をコントロールし、かつ自らも「コントロールされる」こと。それができたときにはこのうえのない快感であろうし、バイクと一体化する、コーナーと一体化するあの(ほかの何ものにも代えがたい)感覚が得られることだろう。すべてを自然に任せる。ライダーたる自分が行う行為は、単なるきっかけにすぎない。バイクに乗ってコーナーに描く軌跡とスピードは、そのライダーが自然をどう捉え、それに対して働きかけたのかということの結果である。物理法則を無視したような、バイクや自然に対して無理強いするライディングは、そのライダーの傲慢さの表れでしかないのである。走りの美しさとは何か。それはつまり、ライダーが何を考え、この世界をどう捉えているかが現れたものであろうと僕は思う。僕の美しく走りたいという願いは、すべてはそこに根ざしている。