きっと真面目な話なんだろうけどこれ。
>ネブラスカ州議会議員が神を提訴(WIRED VISION)〜ネブラスカ州議会議員のErnie Chambers氏(オマハ市選出、民主党)が9月14日(米国時間)、神を相手に訴訟を起こした。全能なる神とその信者に対して、テロの脅威を止めるよう命じることを裁判所に求めている。〜真面目さを追求すると、上質なユーモアにたどり着くという好例。
この神を訴えた議員さんには、以下の本を読まれることをお勧めしたい。
これ読むと、この世のすべての出来事には、ぼくらはたとえほんのちょっとずつでも明確な責任を負っているということがなんとなくわかる。神とぼくらを分ける意味はさしてない、ということも。
僕はぜんぜん宗教的な人間ではないし、この本で言ってる「神」というのは、俗にいう「神」とはぜんぜん違うものなんだけど、この概念、ずいぶん昔にどこかで触れたことがあるなあと思ってたどり着いたのが「イデオン」。富野さんの書いた小説版の最後に書かれているイデの概念に、神との対話において定義(著)されている神がものすごく似通っている。全知全能の神、というのとは違うんだよなあ。ちょっと言葉では説明しにくいんだけど、僕の認識としては、人間というのは神の感覚器官である、という言葉に置き換えるとわりとしっくりくる感じ。認識を得るための道具、というかなんというか・・・。
ぼくらは神の切れ端。全体が一部であり、一部が全体であるということ。う〜ん、これってホロン革命なんかにも通じる概念だなあ・・・。
すべてはひとつである、みたいな。
答えはない。