
白馬の騎士がこんなおっさん?というのはさておき(笑)、とりあえず今回のこの措置については僕的には溜飲が下がった印象だ。
>フジ筆頭株主「白馬の騎士」アノ人を徹底分析一般的にはきっと「古狸」とか表されるのだろうけど、僕はこのおっさんの話口調は好ましいものと映った。少なくともLDの若造がまさに若造(ガキ)に見える物言いは、聞いていて気持ちが良かったよ(笑)
今後の展開については引き続き予断を許さないだろうけど、まあそれは僕には関係のないことだ。今回の一連の騒動で僕が感じているのは、大した経験も挫折も知らない若者がその場の思いつきと勢いだけで(ノービジョンで)無駄に跳梁し、彼らに先んじていまの世の中を作り上げてきた大人が、大した理由もなく(←これ大事)馬鹿に見える世の中は好ましくないということだった。きっと僕には、世界はもっと正しく道徳的な価値判断を軸として回るべきであり、そこに生きる大人にはもっとしっかりしていて欲しいという願望があるのだろう。そして、僕自身も自分が望むような「立派な」大人になりたいという願望(幻想か)があって、だからこそそのためにいまのこの日々の苦痛すらきっと将来的な何かの役に立つものとして甘んじて受け入れてきた。しかし今回の事件の(事件だ)そもそもの発端となった、あまりにも姑息で短絡的なそのやり口と、裏にうごめく軽薄で自己中心的でエゴイスティックな動機は、僕のこれまで寄り辺としてきた生活上の道徳観の根幹を破壊するものだった。だから僕は過剰に反応したしあからさまな不快感を表明してきた。こんなことが許される世の中で良いのか?と。これは世間的なひとつのニュースではなく、もっと個人的な、僕個人のアイデンティティの保持に関わるような出来事として僕は受け止めたわけだ。
実際世の中には馬鹿な大人が溢れている、僕も齢30の半ばを迎え、下手をしたらこのままその馬鹿な大人に荷担する側に回る危険性があるし、こんな僕だってすでに下の世代からみれば身動きの遅い「たんなるおっさん」でしかないのだろう。いや、事実たんなるおっさんなわけだけど、おっさんはおっさんなりにプライドを持って生きているし、これまで積み上げてきたものとこれから積み上げていくものに対する夢や希望だって持っている。それを「おっさんだから」という理由だけで無碍に蔑ろにされるいわれなどどこにもない。僕が腹を立ててきたのはそういう部分に対することなのだ。
今回の事件の発端を作った人物に決定的に欠けていたのは、そういう「他者に対する敬意*」であり、僕にはそれが我慢ならなかったのである。それなくして大人の社会で物事が通用するようなことがあってたまるか。もしあの彼の思うがままに事態の推移を許したとしたら、そういうある種の道徳的観念が破壊されるのではないかということを、当初から僕は恐れていたのだ。冷徹かつ厳密な経済原則の元では幼稚で独善的で独りよがりの行為すら正当化される?冗談じゃねえ、フザケルナ、と。投資は人の幸せを拡大するために行うものだ。人が得られる分け前は本来そうしたものに寄らねばならない。それでなくては単なるマスターベーション的投機戦争に終わることは目に見えている。
*これは別に年長者を一律に敬えということではない。そんな浅はかなことではなく、もっと人が人に対して持つべき根元的なものだ