遠くから傍観〜。どちらも僕の考えには合致しないし。
>WEB業界の人が、今更WEB屋になに作ってるんですか?というのは何事*ホームページを作る人のネタ帳>Web業界の人だからこそ、Web屋はこれから何つくるんですか?と言っています:DESIGN IT! w/LOVE僕は仕事ってなーなんでも「もちは餅屋」だと思っていてね。プロフェッショナルというのは、オーダーされたものに対していかにクライアントが満足と納得を得られるものを返せるかというだけが問題だと考えている。だからそれは別にweb屋だろうが餅屋だろうがやってることは同じだろう、と。僕はどうもこういう仕事の貴賤や複雑さを争うみたいな話が大嫌いで、確かに自分のやってることが「たいした仕事だ」と思いたい心情はわからないではないけれど、だからってなんでもかんでも話をややこしくすることはないだろうと思うわけ。理論武装、テクニック武装大いに結構だけど、結果それがカネ払ってオーダーしたクライアントの首を縦に振らせることができなければ、その仕事は単に「失敗」なだけなのである。
「こんなこといいな・できたらいいな」を考えるのもいいけど、そうした考えやコンテンツ(モノ)づくりを、心底自分の好き勝手にやれるやつなんていないよ(芸術家だって金を出すパトロンがあっての仕事である)。本当にじぶんのやりたいこと「だけ」をやるんなら、身銭を切る覚悟なくしてやるなってことさ。web業界に話を戻すと、そこでプランナー/デザイナーがせめてやるべきこと、できることは、そうした思いを仕事で実現しようとするなら、「クライアントを納得させた上で自分のやりたいこと・できることを織り込む」ということだけだ。ときどきこの「クライアントを納得させた上で」という部分が考えからすっぽり抜け落ちていて、自分のやりたいこと、考えたことを実現することだけに砕身してるひとをみかけると、僕なんかは「いやあご苦労様ですね。でも時間がもったいないです」と思う。モノ作りには、必要な予算とそれにかけられる時間が限られているからである。それに、望まれないモノに精力をつぎ込んでも、結果さしてそのことが評価されないのであれば、それは単なる「サービス」である。そりゃサービスされれば喜ぶお客はいるかもしれないけど、「そんなことまで望んでいない」ということまでやる必要があるのかどうか。僕はそれはそのつど「今回はこのあたりまで」と判断してる。ハナからレベルの低いオーダーだってあるし(中身よりも時間!コスト!吉野家の牛丼は何で評価されてるかを見ろ)、世の中意外に「こんなもんか」というレベルで推移しているのだから、自分の理想世界を仕事で実現しよう、というのは思い上がりも甚だしいし、それが言いすぎなら、「無駄な努力」をどこまでするか、どこまでやったらあなたは納得しますか?という話になるだけだ。
努力する人を僕は止めないけれど、それは所詮自己満足なのではないですか?自分が何によって対価を得ているか。プライドのために払える犠牲と成果物とのバランスをもうすこし現実に則した形で判断する必要があると、僕は思う。誰だってそこにジレンマくらい感じているのだ。web屋だって、餅屋だって。
理想を追い求め(過ぎ)ることは、時にそれが与える影響力のスイートスポットを狭くするだけだ。傍目に自分(のやってること)がどう見られているか、誰にどう評価判断されているかということを振り返れるだけの余裕は必要だと思う。
[追記]
手持ちのリソース(会社としても個人の能力としても)を総動員して、与えられた条件の中でベストを尽くすことは言うまでもないことだ。
いうまでもないことだ!(二度いっとく)。だから、web屋は何を作るかということについては、「そんなもん人それぞれでしょ」としか答えられない。だいたい「web屋」というのを、制作のどのあたりの位置づけとして捉えているかでこのあたりの答えはいくらでも変わってくるよ。あくまでそれをコンテンツづくりと捉えれば、webのシステム的な部分をどれだけ巻き込んだ仕組みなりなんなりを入れ込むかで「どんな風に作るか」というのが決まるし、それ以上の、それこそインフラレベルのシステムまで自前で開発するとなったら、それこそ「なんでもあり」だろうし。それでも総体的にweb屋なにすんだ、となったら、条件から導かれるありったけのリソースをコーディネイトして、ひとつの「コンテンツ=目に見えるもの」として取りまとめていく作業を「するところ」となるだろう。これを全部ひとりでやるったらできなかないけど、そのぶん時間がかかるねってだけ。あらかじめ能力の高いスタッフが集められれば、仕事の効率は上がるだろうけど、その分はコストに反映される(クオリティ=コスト!)し、だからできることできないことは、それにかけられる時間とコストに拠るんだよ。先の2つのリンク先のエントリーは、その視点が個人なんだか会社組織としてみるのかがちぐはぐで、だから互いの意見がかみ合っていないんだ。それに、webに限らず、仕事をこなせる能力は、個人によるばらつきがあまりにも大きいから、一様に天才がその業務に携わるというのでなければ、「やりたいと思っていてもできないこと」というのはどうしたって残る。
アタマの中でこねくりまわしていることを、なんでもそっくりそのまま現実に移し変えられると考えることは、やはり傲慢だと思う。理想と現実のブレを見越して、仕事(成果物)をくみ上げられてこそ、プロフェッショナルだと思う。