モーターサイクル>ネコ>ゲーム。僕の人生いまのところまあそんな感じ。この先もずっとそうかは分からない。web2.0時代に抗うかのように、1.0コンセプトを貫き通すBLOG。

月別【200710

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クルマなんか走りゃいい。

うむなるほど確かにそのとおりだと思う。

>車を持たない若者達の背景:所有価値から使用価値へ(ライブドアニュース)

過去の自分を振り返ってみて、自分のステイタスの誇示のためにクルマを買ったということはないけど(・・・うん、ないな(笑)、結果選んだクルマで「僕はこういう人間ですよ」というのの表現に繋がった面があるのは事実。クルマなんてぜいたく品で、趣味嗜好の最たるものという視点で見れば、そこにそのときの自分の取捨選択の最先端が出てしまうのはしかたのないことなわけで。

以前の僕は「クルマに乗ることが楽しかった」から、ある特定の条件を満たすクルマを選んでそれを(多少無理してでも)買っていた。いまの僕は、「日々を生きる:仕事をする上でクルマが必要だから」それを(多少無理してでも)買って乗っているというスタンスの違いがある。要はドライビングで得られる楽しさなり面白さという面については僕はすでに過去一定の経験とそこからの満足を得てしまっていて、いまの僕はその(ドライビングプレジャー)ためにクルマに乗るという面でのプライオリティは、以前に比べて遥かに下がっている。いま現在の僕にとって、クルマに乗るという行為から得られるメリットについては、「楽しさ」よりも「実用性」だ。A地点からB地点までにいかに効率よくかつ快適に移動できるかという点に重きを置いている。だから、極端に言えば、いまの僕にとっては「クルマなんてなんでもいい」のである。
※それでなんでいまヴィッツRSなんて中途半端なクルマに乗っているんだというのは、状況のめぐり合わせと多少のあきらめの悪さが関係している(笑)。あとは中古車を直し直し乗る経済的負担と、新車でメンテフリーなことからくるコストメリットを天秤にかけて導き出されたぎりぎりの妥協の結果である)

経済状況が厳しいのは、いまのこのご時世、若者もおじさんもさして変わるまい。可処分所得のなかで何にプライオリティを置いて消費をするかということが問題なのであって、それがクルマかそれ以外の何かかという違いがあるだけだ。これは個人の趣味嗜好とあわせて時代背景というのが大きく関わってるんだろう。

別にクルマを買うことが善で、買わないことが悪というわけではない。それでいったら、環境問題が叫ばれる昨今、クルマなんて持っていることの方が罪なのだから。

・・・六分の四(4/6)くらい知ってる・・・(byカリスマ)*。

なんとなく知ってたり、ぜんぜん知らなかったりで、まあそれなりに。

>知ってちゃいけない!? インターネット用語あれこれ(nikkei TRENDY.net)

インターネット用語じゃねえじゃん(笑)

僕が2chを面白がって見てたのはいつくらいだい?というか、バイクだクルマに関連して、僕のブログも何度か、えー、晒し者話題にしていただことがあったようで(笑)時におかしなアクセスのあがり方をしたのをいぶかしんで調べると、たいがい2chだったというので見たのが最初か。でも別にそれで常態的に見るようになったということもなく(ものすごいむかっ腹は立ったが)、なにか社会的な(よほど)大きな動きがあったときとか、(よほど)暇なときとかに思いついて見るくらい。でもそれでもここにあげられてるような俗に言う2ch語は知ってるのがあるし、でもそれは直接2chで見たというよりは、それを使ってるブログなりサイトなりを見て知ったというのが大半だな。カワユスとかフルボッコとかは中川翔子のブログで知った(^^;

そういえばちょっと前に、電車の中でかなりの大声で2ch語駆使して話し続ける若者を見かけたのだがあれはちょっと引いたな。自らのボキャブラリに2ch語をあれだけ引き入れていることには感心したけど(笑)

しかしいまだにCBR600RRの話題とか、2chの過去ログから僕のブログに来てる人とかいたりしてお気の毒さまというかなんというかだけど、特にクルマだバイクだについては、2chというフィルターを通して自分のブログを見てみることで、事実を事実として指摘しただけで怒る人たちがいかに多いかということを知った。どうも僕がここで書くことすべてが批判だと思っている人が非常に多いようだけど、僕がここで書いていることは単なる観察と考察だけだ。それが結果的に多少批判的な内容になる場合もあるけど、僕はよほどのことがない限りは、特定の物事に対する一方的な批判はしていないつもりだ。僕が腹を立てるには僕なりの理由がある。それがそこの君にとってそんなに気に食わないことなら、その旨をきちんととりまとめてから連絡してほしい。「ムカツク」とか「殺す」とかではなく。

*本エントリーのタイトルは、こないだのホレゆけ!スタア☆大作戦を見ていないとなんだかわかるまい(笑)。

最終戦、バレンシアでロッシが勝つためには。

まずはスタート練習をみっちりやってだね(笑)

予選で最低限フロントローを獲ることだろ。それとスタートミスしないことだろ。オープニングラップから(ストーナーに遅れず)全力で飛ばすことだろ・・・。このところの、、、、というか、今シーズンのロッシの敗因は、スタートしてからの5周くらいがとにかく遅いってことでさ。そこで(ストーナーとの間に)できたビハインドを取り返せずに3〜5位で終わるというパターンがあまりにも多い。これはとりもなおさずミシュランタイヤの温まりが遅い(温度依存性が高い)ってことだけれども、それへの対処法はだな、走り出す前に、タイヤ表面に松ヤニでも塗っておけと。松ヤニがだめなら、スタート前に噛んでいたガムをタイヤに貼り付けてみるとか。(笑)

いや、でも冗談抜きでタイヤの温まりが悪くて走りはじめが遅いってんなら、タイヤの最表面のコンパウンドを極端にやわらかくした層を1層設けておいて、それで序盤しのいだら、あとは普通のタイヤ(コンパウンド)面でレースすりゃいいじゃんと思うわけ。ミシュランは誇らしげに"MotoGPで使われている2コンパウンドテクノロジー(2CT)"とか言ってるんだから、そのコンパウンド層の分け方を「横ではなく縦に」応用すればどうにかなるんじゃないかと思うんだけど、こういう発想は素人の浅はかさなのだろうか。似たようなのでいえば、AQドーナツってあったよな。あれは縦面でコンパウンドを分ける技術だった、と記憶するが→これはブリヂストンの特許技術だった!だからか!(発見!:笑)。

>Rossi chases consolation victory.(crash.net)

ロッシも最後くらいは勝ちたいって(笑)もしこれで最終戦をなんらかのかたちで落として、年間ランク2位の座をペドロサに譲れば、これはロッシのMotoGP史上最悪のシーズンになるんだそうだ。
「すでに僕らは2008年シーズンのことを考えて開発とかやってるし、モチベーションだってめちゃ高いからさ!」なんて豪語するロッシの発言がどう見たって空元気にしか写らないんだけど(^^; 来期は自身のたっての願いで、タイヤをミシュランからBSに履きかえることがほぼ決定というロッシ。楽観的なのはそのあたりのことからもきているのだろうか。

でも現時点での僕の予想だと、BSに履き替えたロッシは思わぬ苦戦をするとにらんでいる。特にブレーキングからターンインにかけてのコーナリングフォースの発生のさせ方が、ミシュランとBSでは根本的に違う(と思っている)ので、これは下手をしたらBSはロッシの伝家の宝刀、ハードブレーキングからの鬼突っ込みを奪う元になるのではないか、と。ミシュランと同じように、ブレーキングGを激しく溜め込んだ状態からのコーナー奥からの瞬間的なターンインでは、BSタイヤは曲がらない、と思うのだ(というか、BSは倒しこんでから旋回に入るときのコーナリングフォースが発生するタイミングが遅い=だからコーナー手前からハイスピードでかつ緩慢に倒しこんでいく必要がある)。ロッシ、鬼突っ込みからのアンダー。そこで同じタイヤを履くストーナーに抜かれる、というシーンが想像される。

ヤマハの来季のマシンの仕上がり具合に加え、このあたりのタイヤ特性の違いに、果たしてロッシが冬季テストの間でどこまで対応できるかに注目だ。

生理的に受け付けない。。

失敗した。見なきゃよかった!

>RIDERS CLUB 2007年12月号〜コレが使ってなかったコーナリング力/「旋回に"効く"フォーム」〜

興味本位で手にとって、ぱらぱらと中身を見てしまったのだが、死ぬほど後悔した。うわー気持ち悪い。思い返すだけで吐き気を催す。虫唾が走る。なにこのライテク解説。アクセルオフで曲がれ?上半身はインに大きく引き入れろ?それができないヤツは馬鹿でアホ?

個人的にケンカ売ってんのかてめー。って感じ。確かに最近のアホグリップするタイヤでバイクにすべてを任せて走るという意味ではこういう走り方もないではないかもしれない。だが、それがすべてだというような、さも自分の言うことが大発見で、それがライディングのすべての正解だというこのまとめ方はいったいなんなんだ。ましてやネモケン御大自らがご尊顔を貸し付けてこういう物言いとはどういう了見だ。ライダースクラブのお歴々は、操舵という言葉を知らないのか。あるいはわざと無視しているのか。ターンインのアクセルオフで、フロントタイヤの成り行きのグリップのみで旋回させ、上体をインに落として旋回性をあげるというこの乗り方は、言わせてもらえばハーレーとかチョッパーとかのアメリカンタイプのバイクの走らせ方だ。それはマシンそのものが発揮する旋回性を「意図的に落とし」、それをタイヤグリップと無理矢理落とした上体の重心で補ってやってるだけだ。スポーツバイクでこういう乗り方を推奨するというのは僕に言わせれば本末転倒も甚だしい。こんなライテク解説を真に受けてバイクを走らせたら、ちょっとした路面の変化やましてや雨などで十分なグリップが確保できない状況ではあっけなく転倒するだろう。そうしたときの保証(と補償)は、ライダースクラブではどうするつもりなのか。こんな単純なHow Toで対処できるようなライディングのシチュエーションは非常に限られているだろうに、それについての言及はまったくなしだ。無知な読者を馬鹿にしてからかっているとしか思えない。

なんにせよだ。

僕は個人的に今号のライダースクラブに書かれているライテクに関することのほとんどすべてを否定しておきたい。自分の命とバイクが惜しければ、こんな安易で表層的なライテク解説には耳を貸さない方がいい。

それにだ。

毎回バイクを走らせるたびに転んでどこかを骨折しているような人間の言うライテクをどこまで信じられるかという話さ。僕は嫌だね。僕は僕の信じる、自らが考え、組み立てたライディングで、自らの安全を確保したい。他人の言いなりに走って転んだりしたら、悔やんでも悔やみきれない。

僕はもう走れない?

10月のアタマに、ふとしたことで痛めた腰が治らない。

やっちゃった直後はまともに立ち座りや歩くことすらできなかったことからすると、日常生活に支障はない程度には回復しているのだが、いまだ腰には小石でも挟まっているかのような違和感と鈍い痛みがあるし、それがいつまでたっても消えない。腰には補整用のバンド、仕事場の椅子にはクッションが手放せない。

医者の見立てでは、これは今後一生涯付き合わなくてはならない症状(腰椎の一部が折れて分離している:腰椎分離症)であり、軽快したとしても、完全に治ることはないと言われている。はてどうしたものだか。

さしあたっての問題は、バイクに乗るのに難儀すること。現状だとクルマの運転で椅子に座っているのもきついので、これでバイクを乗り回すのはちょっと気がひける。まっすぐ走って帰ってくるくらいは大丈夫だろうが、いざとっさのときに身体が思うように反応しないというのは安全性の面で問題がある。まして僕はバイクは身体すべてを使って乗るタイプ(たとえ街乗りでもハングオフは必須!)のライダーなので、黙ってシートの上に座っているだけのライディングなど受け入れられない。一応、停めた状態のバイクにまたがり、その上で身体を動かす分にはなんとかなるが、これが実走状態で重量を持ったものを動かすとなったときにどうなるかは一抹の不安がぬぐえない。

当面は症状が軽快するのを待つしかないが、そうこうしているうちに季節は秋を越え、冬に突入してしまうだろう。そうなればいずれにしても僕のライダーとしての復活は、来春を待たねばならない。

もはや自宅のオブジェと化しているR1が不憫だけれど、ここで短気を起こして「もうバイクなんか乗らないからいいや(売っちゃえ)」とやると、いざ症状が治ったときに乗りたいバイクがなくてそれはそれで死ぬ思いにさせられる、というのは過去散々繰り返してきた過ちなので、何があっても手持ちのバイクは手放すまいとは思ってはいるが・・・。

バイクに乗るには、五体満足、身体、精神的にも安定した状態を維持し続けなくてはならない。自分の体調管理のバロメータとしてバイクを持っておく、ということは、無駄が多いとはいえ、それなりの意味はある、のかもしれない。

どうなんだ(笑)

これは走らないね・・・。

うむー、プレリリースで見たときは期待していたんだけどなこれ。

suzukibiplane.jpg
>[東京モーターショー2007]宮崎アニメにでてきそうな未来バイク(SUZUKI Biplane : GIZMODO)

これはこのままでは走りませんな。実物がここまで明らかな展示用モックだったというのにまずがっかりしちゃったんだけど、見て判断する限りは、フロントサスの機構に無理がありすぎる。これ、フロントがストロークするとホイールベースが伸びちゃうだろ(キャスター効果が出ない)。その状態でステアさせると、普通のバイクでいうところのヘッドパイプにものすごく負担がかかるはずで、でもこのデザインだとそこまでの強度があるようには見えない。ステア自体も重くて、パワステでもつけないと舵角つけるほどステアを切るのは不可能ではないだろうか。しかもそれでこの華奢なステアリングバーだ。力入れてステアしたら間違いなく折れる(笑)おまけにこの機構だと、リバウンド方向のストロークが取れないだろうから、アクセル入れるなりしてリヤサス沈めたら、フロントの接地性が確保できなくなるはずだ。

デザインのコンセプトは面白いし、パっと見、カッコイイんだけど、機構的には問題ありすぎ。これは要再考である。

死ぬ気で走れ!

いいなこれ。ちょっと出てみようかなと思ったけど、適当なマシンがないし、腰が痛いのでやめた(笑)

>スーパーママチャリグランプリ@FSW(ビーチサイドグランプリ)

極寒の1月、FSWでの開催ということで、もうそれだけでも参加者のみなさんのご苦労が偲ばれますが、F1が走ったコースを自らの二本の足で、ママチャリを駆って駆け抜けるというのは面白いデスネ。でもこれ僕なら1周できるかどうかも怪しいな_(^^;)ゞアップダウンのきついコース。1キロを越えるストレートをママチャリで・・・・。

死んでしまふ(^_^; アハハ…

※1チーム4名以上、20名以下での参加ということなので、会社ぐるみや町内会、家族での参加なんかもいいですな。お仲間誘って参加できる方にはオススメ。良い意味(楽しい!)でも悪い意味(ツライ!苦しい!)でも忘れられない想い出になること間違いなし(笑)。これで16000円ポッキリの参加費は確かに激安だ!

いくか八ヶ岳。

柳生・ハンターチャンス・博インタブー。老いてもなお、というか、いまとなってはエコ的活動に
先見の明があったってことだろうなあ・・・。

>俳優 柳生 博 氏(前編)“沈黙の森”の再生にかけた1人の役者の30年余
>俳優 柳生 博 氏(後編)「確かな未来は、懐かしい風景の中にある」そのココロとは?
(- ECO JAPAN〈エコジャパン〉 - nikkei BPnet)


素晴らしい生き方。とてもじゃないけど僕にはまねできない。

柳生一家はうちのカミさんが好きで、息子のやってる趣味の園芸はよく見てたんだよ。彼らのライフワークの地である八ヶ岳には一度行ってみたいって言ってたんだ。

僕もどうも最近の都市生活に疲れてきた感じもあるので、ここらで一度どっぷりと自然に浸りたいな、なんて、柄にもない気分にもなってる。

・・・いくか、八ヶ岳。しかしそのためにはクルマ使ってガソリン消費して二酸化炭素撒き散らさないといけないというこのジレンマ。なにやっても人間のエゴだ。エゴだって書いたら江子田って変換しやがった・・・(泣)人間の江子田。

ちなみにだけど、この柳生さんは、本当に剣豪の柳生一族の末裔なんだってね・・・。知らなかった・・・。

死亡フラグ(笑)

なるほど。死にたくない場合には、気をつけるべきことが結構あるもんだな。

>死亡フラグとは-はてなダイアリー

イデオンのBメカの左シートには座らない(笑)てかあれみんな死・・・・

ありえないCM!

いやーすごいわーこれー。いくら安全性を伝えるコマーシャルとはいえ、ここまで自社のクルマをばっこばっこんにぶっこわすというのは日本では考えられへん。

>10台のルノー車が優雅にクラッシュするテレビ(WIRED VISION)

僕なんか最初にすれ違いざまミラーこすって壊れるシーン見ただけでどきどきしちゃったよ!

僕は遠くから見てるだけでいいや・・・。

東京モーターショーね。現地の混雑ぶりを想像するだけでやっぱり行く気が失せちゃう(笑)

>[東京モーターショー2007]4輪の目玉がGT-Rなら2輪はTesseract(GIZMODO)

やっぱイケてるぜこいつは!市販化されないかしらん。真横からのフォルムはまったくの2輪に見えるので、これ、片側2輪を取り外して、バイクバージョンとか作れないかな。フロントのハブステアとリヤのモノサスの機構だけ踏襲すれば、あとはタイヤのアライメントをセンターでそろえればいけそうじゃない?無理かな(笑)

それはともあれヤマハ、前回のモーターショーのときにやった、あの隔絶したステージレイアウトはやめてくれたんだな。よかったよかった。「バイクはアート」というコンセプトは相変わらずのようだけど、それも人の手と目が近くで触れられてナンボのもんなんじゃーい。

で、東京モーターショーの目玉というGT-Rなんだけど・・・。

【東京モーターショー】“スカG”復活…日産がGT−Rを発表(FujiSankei Business-i)

プレリリース時にあったマスク(ブラジャー)が外された本体を見てがっかり・・・。これってなんていうかスキー場でサングラスかけた女の子がかわいくて声かけて、そのグラサン取ったらあらびっくりみたいな感じ?想像していた隠された部分の仕上がりが、個人的にはまったくの想定外だった。まさかこんなラインで線引っ張っていたとは・・・。ノーズのグリル部分がせっかくのラインを破綻させてると思うんだけど、まあ「力感」の表現としてはこれもありっちゃありか・・・。
機構的には驚きのトランスアクスルの採用等、見所満載で、馬力もこれまでの国産車からしたら桁外れの480馬力と、その速さには疑いの余地はないけれど、ベース車で800万オーバーというその価格設定からして、僕にはとてもではないが縁のないクルマである。乗ってはみたいけどね。

"成功するのに目標はいらない"

はたとひざを打つ。なるほどねえ、確かにそうだ。

>成功するのに目標はいらない / >自分らしいキャリアを築くために(ITmedia)
〜ビジョン型の人というのは、「将来どうなればいいか」という未来のビジョンをありありと思い描くことでモチベーションが上がり、それに向けて行動を起こすことで業績や成果が上がる人です。〜
〜それに対して価値観型の人は、未来の目標がありありと浮かばない。また、浮かんだとしてもやる気が出ません。そればかりか制約されたように感じたり、窮屈に感じたりしてしまいます。〜

この分類でいくと、僕は明らかに「価値観型」だ。10年後の100万よりは目先の1万(笑)。というか、時系列の目標設定やって、これまでうまくいったためしがないんだ僕は(ほとんどの場合は「それに似た別のもの」を手に入れて終わる。それで満足してしまう)。それを何度も繰り返していると、だんだん自分に自信がもてなくなってくる。それよりもいまの自分にできることをできるかたちで処理していく方が性に合ってる。それで生じた結果は結果として黙って受け入れる。

〜 * 将来の夢や目標から発想したほうが動機付けられる人=ビジョン型
  * 自分のこだわりや価値観に沿って、日々それを満たしているうちに充実した人生を送れる人=価値観型


もちろん僕も漠然とした自分の将来像(ビジョン)を思い浮かべることもないではないけど、「そのためにいついつまでになになにをしなくては!」という気分にさせられることは不愉快なので、あまり具体的なスケジュールは考えないようにしてる。おおまかな方向だけ決めたら、あとは進みながら考える。

確かに僕も若いころは「明確なビジョンを持つことが大事だ」とかなり強く意識していた時期もあったけど、とかくこの世は自分の思い通りにはならないので(笑)しだいに考え方も生き方も変わってきたよ。僕は自分からも他人からも制約を受けるのが嫌いなんだということに気づいてからは、ある種「状況に流される」ことを甘受するようになった。というか、状況を自分勝手にあれこれいじくりまわさずに、それを「放っておいてどうなるか見てみる」あるいは、「自分のできることだけやったらそれ以上の深追いはしない」というスタンスを取るようになった。

ときにそうした自分の姿勢を「いいかげんなやつだなあ」と自己批判することもあるけど、僕にはできることとできないことがある(そのへん子供はなんでもできると思ってるよね!)ので、そのあたりの線引きはしないと、現実に対処するにはいつまでも夢見たままではいられないのだ。

正直、このところ自分のビジョン(生きていくにあたっての明確な目標意識)のなさにやり場のない危機感を感じていたんだけど、この記事読んでちょっと救われた気分になった。そう、自分にないスタイルで生きようとすることはどだい無理なのである。

成功するのに目標はいらない!―人生を劇的に変える「自分軸」の見つけ方成功するのに目標はいらない!―人生を劇的に変える「自分軸」の見つけ方
(2007/07)
平本 相武

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・・・・本が出てた。買って読んでみる。

認めたくないものだな、若さ故の・・・。

・・・なんでもかんでもガンダムのせりふに置き換えるのやめろ(笑)

MotoGPはまだ最終戦が残ってるけど、F1は一足早くブラジル・インテルラゴスサーキットでの最終戦を終えた。

>【速報】F1最終戦結果、消えかけた逆転タイトル(インテリマーク)

あまりにもいろんなことがありすぎのレースで、逆に感想もなにもない(笑)僕は頭が悪いので、レース中のポイント変動の激しさにはまったくついていかれなかった。まさかのフェラーリ・ライコネン、大逆転でのタイトル獲得である。シーズンをリードしてきた脅威の新人(新人?)ルイス・ハミルトンは、その若さ故に自滅。参戦初年度でのタイトル獲得の夢は露と消えた。

・・・というのは暫定的?なんでもハミルトンの前でゴールした数台のマシンに、燃料に関する規約違反があったとかで、マクラーレンが提訴中なんだとか。

>ハミルトン 「裁判所ではなくトラックでタイトルを勝ち取りたい」(F1通信)

ハミルトンの言うことはごもっとも。少なくとも前戦の中国で、あのピットロード入り口での信じられない「亀の子リタイヤ」さえなければ、今回の最終戦だって普通に走るだけでもっとあっさりタイトルを獲れただろうに、それをふいにしたのはひとえに彼の若さと勢いがあるが故のこと。シーズンを戦い終えて、ハミルトンはそのあたりを痛いほど噛みしめていることだろう。来年以降の彼の活躍に期待・・・だけど、今年タイトルを獲れなかったことが後々に響かないといいんだけどね。シーズンには流れがある。序盤あれだけ圧倒的なアドバンテージを築いておきながら、結果としてタイトルが獲れなかったというのは、せっかくの運、気の流れみたいなものを生かせなかったということで、これが彼を「運のないドライバー」にしてしまうきっかけにならなければいいと思う。チャンスは生かさなくては意味がない。ハミルトンが来年も同じような速さを見せ付けられるという保証はなにもないのである。(もっとも、参戦初年度でこれだけの活躍をすればその才能にも速さにも文句のつけようもないのだが(笑)

しかしF1はレースそのものよりもそのほかの周りを取り巻く政治的な動静があまりに雑多で激しくて、見ていて疲れちゃうね。今回だって勝った負けたでいえば、違反があってもなくても結果ハミルトン(とマクラーレン)は負けであり、その事実をこうしたことで曇らせてはならないと思う。※もちろん規定は規定だが。

あとチームメイトの誰と誰が仲が良いとか悪いとかさ、小学校の仲良しグループじゃないんだから(笑)仮にも世界最高峰のプロフェッショナルスポーツなんだから、そこにかかわる人は(例えそれが多少四角四面の社交辞令に見えたとしても)それにふさわしい、プロとしての振る舞いや言動をすべきだと思うね。スポンサーへの心遣いある発言とか、一緒に働くチームスタッフへの思いやりとか・・・。いや、これはプロうんぬんというよりは、「人として」の振る舞い方か。僕が見たいのはプロフェッショナルの行うレースなのだ。僕は個人的にあまりどろどろとした人間関係やその心情の内側をダイレクトに見せられるのが苦手なので、このインターネット時代、そういうことがらに関する情報を意識的にカットするのが結構大変である。

負け犬の遠吠え。

言いたいことは分からずではないが、これはレースなのでな(byキシリア)。いくらリズム良く速く走れたとしても、結果として勝たないことには意味はないのだ。「善処しました」というのは所詮言い訳に過ぎない。

>Rossi: I was fast enough to win (autosport.com)

マレーシアのレース。ロッシ9番手スタート。5位フィニッシュ(ちなみに勝ったのは今季10勝目のストーナー!)。僕はまだレースの様子を見てないし、実際のタイムの推移がどうだったかもわからないけど、ロッシが言うには「(決勝では)バイクの調子も良かったしミシュランタイヤも満足な性能を発揮した。タイム的にも勝利に値するものだったから僕はハッピーさ。まずかったのは予選が遅かったことだけ」とのこと。

へえ。そうなんだ。21周のレースでトップから約5秒離されてのゴールだろ。ロッシの言うとおりにグリッド3列目からのスタートであらかじめ2.5秒のビハインド抱え込んだとして、それを差し引いたレース中にロッシがリカバリーすべき2.5秒を単一周回で割ると、毎周ロッシはストーナーよりざっとコンマ1秒速く走り続けないといけないわけだが、いまのロッシとM1およびミシュランのパッケージでそれが可能と踏むのはいささか楽観が過ぎるような気もするけど・・・。予選がだめだから勝てませんでしたというのはイコールだから予選のポジションは大事だよということの証明でしかない。予選では同じタイヤのペドロサがポールだったわけで、これは「ぼくらは間抜けでした」って宣言してるのと同じだ。決勝ではミシュランはよく走ったというのをまともに受ければ、結果タイヤ性能だけでは勝てない、その部分だけ抜き出せば、ロッシの使うミシュランと、ストーナーの使うブリヂストンとはさしたる差はないというのをロッシ自身が認めたことになる。まったく、それで「僕はハッピーさ」なんてよく言えたものだ。じゃあきちんと勝つために何が足りなかったのかっていうことまで反省が及んでいない。あまりにも負けが込んでいるから、ちょっとした「良い兆し」も過大に評価してるだけにしか見えない。なんでロッシはこんなに能天気なんだろう?今年はストーナーにあまりにも負けすぎたから、頭がどうかしちゃったんじゃないだろうか。

いずれにしても。

だいたい結果云々はもはやどうでもいいっちゃいいのである。現行型がいかに調子をあげようが、すでにストーナーの手に落ちたタイトルがロッシの手元に戻ることはないのだから。

ぼかあそれよりなんだかみんながロッシの顔色ばかり伺って、タイヤのレギュレーションひとつすら決められないように見えていることの方が気になってる。結局セパンで発表される予定だった、来季のタイヤルールについては来週以降まで持ち越しだっつーし。

>Rossi rejects retirement speculation (autosport.com)

これ、なんか絶対裏であったろ。ロッシ、とたんにブリヂストン履かせろ攻撃がトーンダウンしてる。いったんは「ブリヂストン履けなきゃ引退しちゃうもんね!」とまで言った自身の発言を「言いすぎました。勘違いですた」と撤回。来年ミシュランでもブリヂストンでも僕は走りますと言ってる。ミシュランも、自分らの開発のミスを認めて、来年はもっと「お金かけてしっかりやります」って言ってくれたから、ぼくはそれで満足さ、みたいな感じになってる。この「お金をかける」ってところが、タイヤの開発に金をかけるのか、ロッシに対してなにがしかの金銭的なマージンアップを図りますよという意味なのかによっては受け取り方が違ってくるよ。なにせロッシは例の税金問題で物入りな時期のはずだから・・・。

なんだかな。秋のせいかな。レースっても気分がすっきりしないぜよまったく・・・。早く来年になれ。

見積もりが甘い。

望んだ結果が得られないというのは、事前の見積もりが甘いということの証明なのだ。

>2007年MotoGP第17戦マレーシアGP速報(最終予選:インテリマーク)
〜ペドロサが逆転、3戦連続のポールポジションを獲得/不調のロッシは3列目(9番グリッド)に〜

同じタイヤを履くペドロサがポール獲得なのだからして、これは単純にミシュランが悪いと攻め立てるわけにはいかなくなったロッシ。筆舌に尽くしがたい初日の惨状(トップから遅れること2秒半の16番手!)からすれば多少は持ち直したとはいえ、現状を見る限りは、明日の決勝はよほどのことがなければレースにはなるまい。トップスピードではドゥカティ・ストーナーに10km/hのビハインド。今回もニューマチックは見送り旧型を持ち込んだかヤマハ。ハンドリングでは「リヤはいいんだけどフロントが食わないんだよね」という初日にあったコメントが気になるところ。前戦オーストラリアではリヤグリップがたりねえんだおこのやろお!という突き上げくらって、ミシュランは意地でリヤの改善に努めたのだろうが、それが今度フロントとのバランスを失わせることになったか・・・。しかしそれもペドロサのポールで事の真偽が判断しづらい。ロッシはタイヤに疑心暗鬼になりすぎるがあまり、マシンの正当なセッティングを見誤っているような感もある。あとは忘れ去られかけているが、ロッシは例の税金問題がそろそろ決着を見る頃のはずである。いくらのカネが持って行かれるか気もそぞろで、レースに集中できていないのかもしれない・・・。

・・・しかしなんかタイトルが決まったあとになに言ってもいまさらだな(笑)ヤマハもレースの現場で新型(2008モデル)の開発する気がないんなら、残りのレースの参加を見合わせればいいのに。ロッシも「お腹痛いから帰ります」って帰っちゃえば?なんか見てるこっちもいまひとつ気持ちが集中できないよ。



僕は君のために生きている。

20071019185937
何はなくともネコがいればそれでいい。

もうクルマなんて乗れないよ・・・。

もうだめだ。こうなるとクルマなんてぜいたく品はおいそれとは使えないよ・・・。

>NY原油、初の90ドル突破 時間外取引で(アサヒコム)

いまぼくんとこらへんでレギュラーがリッター140円とか143円とかを行ったりきたりしてるけど、これが来週には一律5円くらいあがるらしい。レギュラーでリッター145円?150円?ありえへん。まったくありえへん。これではいくら燃費がいい僕のヴィッツRSくんでもガソリン代がかさんでしかたない。遠くにでかけるときの交通費は、事前に綿密に計算しないと、公共交通機関を使ったほうが安上がりという事態が頻繁に発生しそうだ。びんぼくさい話だけど、リッター1円安いスタンドさがして彷徨っている僕ら平民にしてみれば、一気に5円の値上げとなると死活問題にすらなりえる。ただでさえ環境負荷のことを考えて、内燃機関を積んだクルマには乗りづらい世の中だというのに、そこに原油高となれば乗りたくても乗れなくなってくる。

個人的なことを抜きにしても、燃料費があがればそれはダイレクトに物価に跳ね返る(物流に金がかかる)から、クルマに乗る乗らないというより、生活そのものが圧迫されることになる。そこにきて消費税増税だ年金は消えちまうわだと胸糞の悪い話。やれやれ。これは僕らに人生を謳歌するようなことは何もするなということか。息を潜めて生き、それが辛いなら死んでしまえと?僕はあまり生活欲求の高い人間ではないけれど、それでもこの息苦しさには辟易してる。生きていくってことはツライネぇ・・・。

[発想の転換]

関係あるようでないような、こんなすばらしいアイデアが。

>巨大な凧を利用「ハイブリッド貨物船」、燃料半減可能(WIRED VISION)

たぶん最初はそのアイデアのばかばかしさに一蹴されたはずなんだこれは。だってエンジンつきの船に幌(凧)つけて走らせるんだよ。馬鹿みたいじゃないか。でももはやこうしたアイデアを笑っていられる世界ではなくなってしまった。船の舳先に凧つけて、パラセーリングよろしく航行する。それだけで燃料費が半分だっつんだから、これは経済効率の面でも環境負荷の面でもメリットが高い。格好悪いとか馬鹿馬鹿しいとかそういう物言いの方が間違っているのだ。

というかこうして考えると、この約100年くらいの間、内燃機関に頼りきって無駄にしたエネルギーがいかに膨大な損失だったかがわかる。風の力を使えばいいのにわざわざ燃料もやして環境を破壊してきたのだ。これは船に限らずなんでも。使えたはずの自然の力を無視して、浅はかな技術を基にした文明を推し進めてきたがゆえに、もはや僕らは先々のその存在すら危ぶまれる「絶滅危惧種」になってしまった。

エネルギー=時間、なのだ。僕らは使いたい放題のエネルギーを使ってきた。だから種として存続できる「残り時間」が減ってしまったのだ。環境問題は、エネルギー(エントロピー)の側面からしてみれば別に問題ではない。物理的にはエネルギーと時間の交換がなされただけのことに過ぎない。僕らはエネルギーと引き換えに、自らが存在できる時間的猶予をどんどん減らしてきただけのことなのだ。これは地球という閉鎖系の環境に僕らが暮らし続ける限りは逃れられないことだ。地球環境の再生を最優先させるに一番良いことは、人類が滅亡することだ(とはGガンダムで東方不敗が言っていたとおり)。それでも人間が生きながらえたいというなら、使うエネルギーの量を減らし、自然の持つエントロピーを減少させる力の方を上回らせるような生活のスタイルを確立するか、生活圏そのものを拡大(宇宙に出る)するしかない。

・・・僕も自分のヴィッツに凧つけて走ろうかなあ・・・。

"あんなこといいな、できたらいいな"〜レースのIf。

これが実現したら、F1のステップニー・ゲート事件すら霞んで見えるかもしれない。

>MotoGP: Casey Stoner and Valentino Rossi agree on bike swap(MCN)

今シーズン最後のバレンシアのレースで、ロッシとストーナーが互いのバイクを交換して走ることに合意した、、、という衝撃の見出し。

僕も最初「こりゃおもしろい!」と色めきたったんだけど、読み進んでみると、なーんだ「あんなこといいな、できたらいいな」っていう、東スポ的なオチのついた記事だった(笑)。そりゃそうだ。メーカー契約の縛りのあるなか、しかもタイトルを争うトップライダー、トップメーカー同士でのマシン交換なんかできるわけない。

ただ、ロッシもストーナーもこの提案自体には興味を示してる。「やってみたら面白いね」「別にバイクを乗り換えても、乗りこなすのは問題ないと思うよ」両方とも自信満々に同じこと言ってる。

そうだなあ。もし本当にロッシとストーナーがバイク交換してレースをしたら・・・確かにロッシはマシンの特性にあわせて変幻自在にライディングスタイルを変えるのが得意だから、ヤマハからドゥカティにマシンを換えてもそれほどの苦労なく乗りこなしてしまうような気はする。でも、ここ最近のロッシのM1でのライディングを見ていると、どうもマシンのリーンアングルの深いところが使えていないようだ(だからストーナー比でコーナーが遅い)。これはM1の特性とミシュランタイヤの特性からきているものだとは思うが、それにここ数年慣れきった体が果たして即座にドゥカティ+ブリヂストンの生み出すあの深々としたリーンアングルでのコーナリングスタイルに対応できるか・・・。ターンイン手前の「溜め」がヤマハとドゥカティでは違うんだよね。フロントへの荷重の載せ方が、ヤマハはブレーキング主体、ドゥカティはコーナリングG主体なのだ。それでフロントのグリップと旋回性を出している。同じようにコーナリングしているようでも、走らせ方の根幹はまったく異なっている。

同じ視点で、ストーナーがヤマハに乗り換えたらと考えると・・・たぶん転ぶんじゃないかな(笑)過去ホンダ+ミシュランであれだけ転倒を重ねていたストーナーなのだ。激烈に速いターンインの速度で、半ばごり押しで曲がっていくライディングスタイルが身上のストーナーである。ターンインでの初期旋回をしっかり出さないと曲がらないヤマハのマシンと、長々としたサイドエンドを使ったコーナリングを苦手とするミシュランで同じライディングスタイルを貫いたとしたら、まず間違いなく転ぶと思う。もしくは「フロント(あるいはリヤ)のグリップがない。マシンが全然曲がらない。まるで氷の上を走っているようだ」という例のセリフを聞かされることになるのではないだろうか(笑)

こうして考えてみると、今季のミシュランの不調とブリヂストン好調の裏に潜むものがほの見えるようで面白い。マシンの排気量が990ccから800ccになって、よりコーナリングスピード重視の走りが求められる中、ミシュランは過去のコーナーからの脱出加速重視のスタイルから脱却が図れず苦戦、逆にブリヂストンは、以前(玉田・中野の開発時代)から追求してきたコーナリング中の高グリップを使ったハイスピード・深いリーンアングルでのコーナースタイルが、ストーナーという才能と勢いのあるライダーを得て一気に花開いた。

ひいては来季、ヤマハの中で唯一ブリヂストンタイヤを履くことになりそうなロッシとしてみれば、そのあたりのタイヤ特性の違いに加え、マシンの特性との組み合わせが果たして自身のライディングをより向上させるものになるのか、あるいはその対応にかつてない苦労をすることになるのかということの答え、あるいはヒントになるかもしれない。

話をロッシ/ストーナーがマシン交換した場合の勝敗は、、、ということに戻すと、結論としてのそれは、「やってみないとわからない」(笑)こうした話は、あくまで脳内のファンタジーとしてあれこれ想像して楽しんでいたほうが楽しい事柄なのだ。

・・・しかしまあ実際にマシン交換してレースするしないは別にして、シーズンオフの余興として、互いに興味のあるメーカー/タイヤのマシンに乗り換えて走ってみるというのは面白いかもね。そうしてメーカー/ライダー間の技術交流がなされたほうが、シングルタイヤ制導入でレースを盛り上げましょうというよりは、より技術的な「イコールコンディション」化が図られるような気もちょっとする。ま、これも夢物語だけど(笑)

出るかあ・・・出ちゃいますか・・・。

僕はついこないだこれの「2」をオークションで落としてクリアしたばっかりなんだよね・・・。

>TOCA RACE DRIVER3 THE ULTIMATE RACING(PS2/2007.12.13発売予定)

TOCAシリーズは面白いよ。ゲームとして見ると猛烈に地味だし、グラフィックもしょぼい。シミュレーターとして見てもそんな激烈にシビアってわけじゃないし、、、とか書くと中途半端な感じになっちゃうけど(笑)でも僕は個人的には肌になじむゲームだ。「1」やって「2」やって、そして「3」か。PC版では同タイトルはずいぶん前に発売されてるようだけど、コンシューマ(PS2)では散々待たされてのリリースとなる。

これのシリーズの良いところは、シフトチェンジでのクラッチの間が再現されているところ。"バーン ンガッ バーン"と、シフトするときに、クルマにあわせてクラッチ切って、シフトして繋いで、というあの間があるのだ。市販車だとその間隔が広いし、レースカーに近づくほどダイレクトになっていく。それもドグミッションかそうじゃないかも再現されてるんじゃないかと思うくらい。ギアのフリクションとかも感じられるくらいで、これはクルマのことわかってる人が作ったんだろうなというのが伺える。音(効果音)と画面のシンクロが絶妙なんだよね。コース外に出てしまい、小石が跳ね上がってそれがフロアを叩く音なんかホントリアルで最高に盛り上がる←評価ポイントが間違ってる気もするけど(笑)。

GTシリーズがあまりにもリアルさを追求してしまい、デジタル的な無味乾燥領域に陥っていることからすると、TOCAシリーズはアナログな操作感があるゲームといえるかもしれない。

@@@

「3」ではグラフィックが目に見えて向上しているのがわかるな。これでモーションが改善されているなら「買い」だろう。発売は12月かあ・・・。サンタさんにお願いしようかなあ・・・。

しかしなんか最近ゲーム高いよな。7000円なにがしをゲームに突っ込むというのは、平民のましてや所帯持ちでは負担が大きい。税金払わないでいいんならゲームなんかいくらでも買っちゃうんだけど!(涙)

バージェスおじさんの言うことにゃ。

タイヤの問題じゃないってさ。

>Burgess: single tyre would be 'illogical'(autosport.com)

ロッシのチーフメカ、ジェリー・バージェスのシングルタイヤ導入に関する考えあれこれ。タイヤタイヤと騒ぐでないよ。レースはそれだけで結果が出るもんじゃないんだから。ロッシだってミスしたし、ヤマハのマシンにだって問題があった。今季ロッシがタイトルが取れなかったのは、タイヤの問題じゃないのさ。少なくとも私にとってね、みたいなことを言ってる。レースははなからがコンペティション。タイヤだって競争するのは当たり前、と。このあたりは僕もまったくそう思う。ロッシがタイトルを落としたのはタイヤ(ミシュラン)だけのせいではない。翻って、ストーナーがタイトルを獲れたのは、タイヤ(ブリヂストン)だけのせいではない。別にレースではタイヤ転がし競争をやってるわけではないのだから←と、これは僕の意見。

シングルタイヤ導入(あるいは自分だけブリヂストンにスイッチすること)に躍起になっているロッシをある種冷ややかな目線で見てるかのようなバージェスの言葉である。みんなタイヤについてあれこれ気を取られているせいで、本質的な問題点を見逃してるんじゃないの?と言ってるようだ。バージェスは大人だから直接的な表現はしていないけど、ロッシにもヤマハにも本当はひとこと言ってやりたいことがありそうだ。

今週末のセパンでのレースにおいて、来季のタイヤレギュレーションに関するなんらかの発表がなされるとのこと。果たしてロッシの思うように、シングルタイヤ(コントロールタイヤ)制が導入されるのか。ブリヂストン一社独占でのタイヤ供給となることがレースの発展に繋がるのか。今後の動向に注目したい。

リプレイムービー。

今季これまでストーナーが独走するレースばかりを見せつけられて、それは今回のオーストラリアでも変わることはなかった。変わったのは場所(コース)だけ。繰り返されたのは、これまでと同じレース。

>C.ストーナー、地元で初V!(MotoGP Official website)

おめでとうストーナー。タイトルを決めたあとの地元での凱旋レースである。なにがあっても落とせなかった願いを、彼はその強い思いで現実のものとした。

2位、同じマシン、タイヤのドゥカティ・カピロッシ。ロートルをものともしない走り。後方からの追い上げで、ロッシ、ペドロサを軽くいなしての入賞。圧倒的なマシン性能、そしてタイヤポテンシャルの証明。

そして3位がロッシ。今回はヤマハの都合で旧型(ノーマルバルブ)のマシンを与えられ*、文句も言わずそれに乗り、案の定、今季かつてそのマシンで走ったレースとまったく同じ内容となった。

*MCNだったかの英文記事にそうした記載があった。ドゥカ比でストレートも遅い状態に戻っていたし、事実そうなんだと思う。

リヤタイヤの磨耗。これはニューマチック以前のシャシータイプを使用したM1でしつこく発生していた症状であり、それが今回再発したというのは単にミシュランタイヤがだめだった、というだけではない。それはシャシーのジオメトリバランスに端を発する、メカニカルグリップの問題なのである**。現に途中マシントラブルでリタイヤしたとはいえ、同じミシュランを履くヘイデンがストーナーに食らいつき、あれだけ善戦したのである。「リヤタイヤ?確かにズルってたけど、それはストーナーだって一緒だったさ」とはレース後のヘイデンの弁である。

**僕は今季のヤマハM1は、エンジンの新旧でシャシーを変えているのではないかと思っているのだ。それについての考察はこちら([M1好調の裏に。] 参照のこと)。

すでに今季のマシン開発を見限って、来季型で一気に遅れを取り返そうというヤマハの魂胆(だからいつ壊れるとも知れないニューマチックのエンジンは引っ込めた)なのだろうが、レースマシンはレースの場でしか磨き上げることはできない。

聞けば来季、ヤマハチーム内ではロッシのみブリヂストンタイヤ供給の話が進んでいるとか(ホンダワークスではペドロサにも同様の処遇が与えられるとか?それに対してはヘイデンは"ahoka"というスタンスのようだ。僕もそう思う(笑)。過去の慣例に習う僕にしてみれば、この1チーム内で複数のタイヤブランドを使い分けるという判断は、個人的には愚の骨頂と思うが、ストーナーと同等の条件で走って、自身の速さを改めて証明したいというロッシの思いはわからずでもない。せいぜいヤマハは、もともとがさして余力のないマシン開発力を、複数のタイヤを使うことで分散させ、結果誰のオーダーにも応えられないマシンを作り上げるというような愚を冒さぬようにしていただきたい(ホンダとは事情が違うのだ)。チーム内でもセッティングデータ等の共有ができなくなるデメリットをあえて受け入れた上での選択だろう。この選択がうまく働かなかった場合は、ロッシさまは単なるわがまま坊やになってしまう。仮にブリヂストンに履き替えて、ストーナーに勝てなかった場合は?ロッシ引退の危機だろう。あるいはその叛旗の矛先は次はヤマハに向けられるのか。

というわけで。

レースとしてはこうなるともはや予定調和の繰り返しである。昔よく見たアニメが夕方再放送されているのを見ているかのごとく。残るレース、果たして眠たげな僕の目を覚ましてくれるような展開は望めるのか。

[んなこた言われなくてもわかってる]

ミシュラン、ロッシに嫌みったらしくちくちくやられてるぜ(笑)

>Rossi: Michelin must improve durability (autosport.com)

耐久性が足らないんだよ!と。はは。そりゃもうもちろん。ブリヂストンだって地球製のタイヤだ。おなじ地球に存在する材料を組み合わせれば、同じくらいの性能を発揮するタイヤを作ることは不可能ではない。だいたい、昨年までのミシュランは、まったくいまのブリヂストンと立場が逆だったわけで。

でも僕としては本エントリーで指摘したように、ミシュランタイヤの耐久性は単にタイヤ単体のみの問題ではないのではないかと思ってる。もちろんミシュランの開発が怠惰だったことは間違いないけど、戦犯ミシュランですべて片付けてしまえというのは僕としてはちょっとどうかね、と思う。別にミシュランだって好きで負けてるわけじゃないだろうしさ。

ちなみだけど、もてぎを走った08モデルのM1見る限りは、現行型以上にタイヤに負担を強いるマシン構成になってるように僕には見えた(硬いフレーム・高い車高・動き辛そうなサスペンション)。仮に同じブリヂストンのタイヤ履かせてヨーイドンとやらせたとしたら、ドゥカティvsヤマハではヤマハのほうが先にタイヤがダメになるのではないだろうか。それをロッシがどこまでカバーできるか。レースとは総合力。タイヤを替えればすべて万々歳か。そういう意味ではロッシがブリヂストンを履くことには一定の興味を引かれるな。どうなるか楽しみだ。

新宿西口でダブルワッパー。

20071014152240
映画見に来たついでのバーガーキングにて。お肉が香ばしくて激ウマス。

>バーガーキングが日本再上陸、リヴァンプとロッテが支援(nikkei.BP)
〜その手法は、1)経営コンサルタントのような高みの見物ではなく、実際の経営の執行部隊として直接参画する、2)逃げ場のない経営責任を負うために自らも出資する――というものだ。〜

これ読むと、ぼかあちょっとリヴァンプのスタンスについて誤解していたところがあるな。なあるほど。確かにこのやり方は玉塚さんらしいや。

ちなみにだけど、行った感じ、バーガーキングはクリスピークリームドーナッツの成功には及んでいないかな。クリスピー〜はいまだにきちがいじみた行列ができてるみたいだし(帰りの電車でも箱詰め山盛りで持ち帰ってる人見かけたよ)。

でもおいしかったよワッパー。映画のパルプフィクションでも、主演のトラボルタがワッパー食いてえ(アムスじゃ食えねえ)となげくシーンがあったけど、実際食べてみてその理由がわかった気がする。新宿、ましてや西口のビル街になんかそうそう用事はないんだけど、また行きたい。だって肉好きなんだもん(笑)

ヤマハ、試合放棄?

オーストラリアGP、ロッシの駆るYZR−M1は、目新しいフィアット500/アバルトの特別カラー*に彩られてはいるが、その中身は旧型と言っていい、ノーマルバルブ仕様のマシン、なんだそうだ。どこかの英語サイトでそんなことが書いてあった。そうか、やっぱりねえ。僕もなんかおかしいと思ったんだ。
*赤白のマシンのカラーリングはともかく、ロッシのヘルメットとスーツの黄色がすべてをだいなしにしている!

サイドから見たマシンのジオメトリが以前のタイプに戻ってるようで、いや、でもなんでいままたせっかくのニューマチックバルブのエンジンを止め、旧型に戻したのか。どうやらエンジニアリング的ななんらかの問題が発見され、それが解決するまでは旧型でいくべし、という判断がなされたみたいだ。となると、ヤマハM1のニューマチックバルブには、何か致命的な欠陥があったものと思われる。もはやタイトルはストーナーの手に渡っている。ここで信頼性に欠けるエンジンで走って白煙まき散らすのは、メーカーイメージ的に得策ではないという判断なのだろう。僕にしてみればなにをか況やという感じだが。旧型の戦闘力でいけると踏んだのか、あるいははなからレースを投げているのか。

>2007年MotoGP第16戦オーストラリアGP速報(最終予選)(インテリマーク)

この結果が旧型ノーマルバルブのマシンでと考えれば善戦したロッシ。ポールペドロサに次ぐ2番手。ミシュランワン・ツー獲得。FPでは絶好調だったストーナー3番手。予選時だけの並びからすると、マシン・タイヤのコースマッチングとポテンシャルは、もてぎの時とまったく変わっていないようだ。これは決勝でのタイヤ性能のバランスがどうなるかにその展開が握られている。天候の変わりやすいフィリップ・アイランドで、よもやまたの雨、フラッグ・トゥ・フラッグのレースにでもなれば、これまたもてぎ同様のとっちらかった内容になることが危惧される。明日は晴天、ドライでの安定したレースに期待したいが果たして。

"あの世で鬼でもぶっちぎれ"

正直に言えば、僕の中でのライダーとしてのノリックの評価はさして高くない。デビュー戦の印象は確かにあるけど、当時からしてノリックは「走れば転ぶ」タイプのライダーだったし、僕としてはその速さよりも「肝心なところで転ぶ」という印象の方が強い。若さと勢いに任せて走るだけで、自身のライディングのタイプ(スタイル)に対する自覚がないという評価だ。ただ、WGP(MotoGP)引退後、全日本に戻ってきてからのノリックには、僕は単なる一ライダーとして以上の評価を持つようになった。自身でレースを走るということだけでなく、モーターサイクル全般に対しての前向きな啓蒙、レースの安全を啓発する活動に力を注いでいる姿を見せられたからだ。その彼が交通事故でこの世を去るというのは皮肉なものだ。それが運命だったと受けとめるには、あまりにも、あまりにも。

>ロッシ「ノリックは自分に大きな影響を与えたライダー」(インテリマーク)

ロッシの中でのヒーローの一人がノリックだったことは、その自伝(バレンティーノロッシ自叙伝)にも詳しい。突如として現れ、当世のトップライダーに果敢に勝負を挑み、最後転倒というノリックWGPのデビュー戦は、ロッシの中で強烈なイメージを残しているようだ。のちにロッシが世界のトップに君臨するに至り、「ろっしふみがんばって」の文字が時に虚しく霞んで見えることもあったが、その人にとっての胸の中のヒーローは、永遠にヒーローなのである。

>ノリック通夜に2000人…戒名「正道院弐輪英雄典久大居士」(Yahoo!ニュース/スポーツ報知)

どれだけ立派な戒名を付けてもらっても、それは死んでしまった人には関係のない話だ。「あたしゃ死んだらドジでもコジでもなんでもいいよ」遥か昔に読んださくらももこの著書にあった、彼女の祖母のエピソードが思い出される。

〜元GPライダーの原田哲也(37)は「天国で大ちゃん(03年4月、レース中に事故死した故・加藤大治郎さん)と一緒に走ってほしい」と冥福(めいふく)を祈った。〜

「あの世で鬼でもぶっちぎれ」という言葉で送られたのは、バリバリ伝説のヒデヨシか。近年ざっと思い返すだけでも、日本、世界のトップライダーで、その志し半ばであの世に旅立ってしまった人達はすでに両手では足りない。そういう意味ではあの世でレースをするにも寂しくなくていいかもしれない。これは皮肉が過ぎる言い方だけど、でも事実だ。

予期せぬアクシデントでこの世を去ったライダーたちを、僕らは静かに見送ることしかできない。起こってしまった出来事をいくら嘆いても、彼等がいなくなったという事実は変わらない。残された僕らは、可能な限りの注意を払って、彼等が伝えたかったメッセージに心を研ぎ澄まさなくてはならない。そうすれば、きっと、僕らは、彼等がいなくなったあとの世界を、少しずつでも変えていくことができるだろう。同じような悲しみを二度も三度もくり返し味わわないためにも、僕らは注意深くこの世界の事に当たらなければならない。

すでに世界チャンピオンの風格。

さすが世界チャンピオン。言ってることに威厳と風格がある。

>Riders hit out at single tyre proposal (autosport.com)

ストーナーを筆頭とする、ブリヂストン装着ライダーたちによる、(主にロッシの主張する)タイヤのワンメイク化に対する疑念表明。

ざっくり超・意訳すると、今季すでにチャンピオン確定のストーナーがいうことにゃあ、「ロッシとペドロサが言ってるようなシングルタイヤルールはばかげてる。そんなレースやるならR6カップにでてやんよ」

僕もそう思う(笑)文中にもあるけど、MotoGPってなープロトタイプ選手権なわけで、そこでプロダクションレースみたいなシングルタイヤ(ワンメイクタイヤ)というのは、その、なんつか、簡単に言えば興をそぐ部分がある。世界最高峰の技術の粋を集めたコンペティションの場であるべきMotoGPが、「単なるあんちゃんどもの腕自慢大会」になってしまいませんか、ということだ。先の記事では、シングルタイヤだと、タイヤメーカー自体の開発も停滞するだろ?、という(クリス・バミューレンによる)指摘もきちんとされている。

今季たまたま(失礼)調子がよかったブリヂストン、絶不調のミシュランという構図で、その不調に巻き込まれたロッシがかたくなにタイヤワンメイクだ、ブリヂストン使わせろと子供みたいに主張してるのに比べると、このストーナーの余裕に満ち溢れた言動はすでにチャンピオンの風格が漂っている。これは単に良いタイヤ使ってるってだけのことではないと思う。世界最高峰のレースを戦うための心持ちがしっかりと出来上がっているのだ。実にできた子である。一方のロッシはガキみたいにだだこねて、そんなにワンメイクのレースやりたきゃスーパーバイク選手権にでも出ればいいんだ。

それにね、仮にブリヂストンワンメイクとなったら、それはさらにロッシとヤマハの足を引っ張ることになると思うんだよ。なんたって専用開発のスペシャルタイヤが供給されなくなるわけだから。そのあたりはFIATヤマハ監督のブリビオも、しぶしぶ不満ながらに認めてる。

>Australian MotoGP: Yamaha to continue fighting with Michelin(MCN)

ヤマハは来年もミシュランでやるのでそこんとこヨロシク、と。タイヤの開発はマシンおよびライダーとの二人三脚なわけで、そこで「あっちのタイヤがいいからと、にりんかん(あるいはNap'sとか)に行って買ってくるわけにはいかんのだ」とブリビオ(超・意訳)。ヤマハトップの判断もあるからねーと若干未練たらしい感じもあるけど(笑)。

というわけで、もてぎ直後はワンメイクでのタイヤルールに一気に移行しそうな気配のあったMotoGPだけど、このぶんだとこれまでどおり、複数タイヤを使用したコンペティションという体裁は残りそうだ。これは僕も個人的には歓迎したい動きだ。競争相手のいないレースはやる気をくじくのだ。レースで勝ち逃げは許されない。勝利を望むなら、常に最高の努力を捧げ続けなければならない。それがMotoGPというレースの場であってほしいと僕は思う。

[そうした中、レースは続く]

すでにチャンピオンも決まったし、消化試合を残すのみとなったMotoGP、もてぎ後の長いインターバルの後、オーストラリアラウンドが始まった。

>Stoner tops opening practice(autosport.com)

いくら地元オーストラリアのレースとはいえ、なにこのFP1でのストーナーのぶっちぎりのタイム(笑)二番手のドピュニエとは1.3秒、3番手ロッシとは2.3秒近い差がある。これってば昔でいえば250と500くらいのタイム差じゃないの?もはやストーナーだけ別のレースを走ってる。こうなるとまたロッシ、「だからタイヤワンメイクにしろっつってんの!」というだだこねが始まってしまいそうだ。FP2以降のロッシ/ミシュランの巻き返しに淡い期待をよせておく。一応。しかし大丈夫かなこれ。ここまで差があると、さすがに心配になってきた(笑)

亀の甲より年の功。

一応最後の方だけ見てた。

>反則技連発!大毅が世界戦汚した(Yahoo!ニュース:サンスポ・試合後の12日)

試合結果はともかく、僕はこの一連の騒動の中で、ガッツ石松の株がものすごく向上しちゃったのである。

>ガッツ挑発!大毅、勝てたら認めたる(livedoor sports:試合前の10日)
〜軍配は日本人に無敗で大毅の3倍のキャリアがある内藤に上げた。「注目は前半だが、内藤なら台風28号がきても耐えるよ。6回以降は7対3で主導権を握り、初防衛だな」33歳1か月での国内最年長防衛記録に太鼓判を押した。〜

すごい。本当にすごい。事前の読みどおりの展開だったでしょ。ガッツ石松、猛烈にかっこいい。

〜ボクシングに携わって40年余。「まずおれの予想は外れない。本物だというなら実力を証明しなさい。これで勝ったら大したもんだとはっきり認めてやるよ」〜

しびれちゃいました!OK牧場!

人生はOK牧場!人生はOK牧場!
(2004/12)
ガッツ石松

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合体!変形!それが男の夢なんだよ!

テッセラクト
>2007東京モーターショー事前情報(ヤマハ編):Yahoo!自動車/バイク
〜ワールドプレミア「Tesseract(テッセラクト)」はハイブリッド方式のマルチホイールビークル〜

絶対ロボットかなにかに変形するだろこれ。てかしてよ(笑)。4ホイールモーターという時点でバイクなのかという疑問はさておき、でもこれいいじゃない。さすーがヤマハ。なんとなく夢見られるカタチだ。いま出てるレジャービークルの発展形でもある。保安部品つけたら公道走行いけるんじゃないかな。あとこういうのは軍用とか警察車両としても使えるな。悪路走破性がどれくらいかわからんけど、そういう用途では転倒しないってのは大事なことだから。

あと、モーターショー/ヤマハ関連ではこんなのも。

>【東京モーターショー07】ヤマハ、セカンドライフ内にブース(goo自動車/バイク)
〜実際にモデルに乗車して、セカンドライフ内を走行することが可能である〜

えへっ(笑)まあ止めませんよ。ホニャンドライフ。やることが大事だし。それでこうして記事になるわけだし。実効はともかく。

今月末からの東京モーターショーに向けて、各社ワールドプレミアなるおおげさなタイトルつけてコンセプトモデルのリリースがはじまってる。上記ヤマハもそうなんだけど、個人的に注目してんのはスズキのこれかな。

バイプレーン
>スズキ、東京モーターショー2007出展モデルを発表(マイコミジャーナル)
〜Biplane (バイプレーン)〜

ステアリングどこについてんだ?スズキは昔から魅力的なコンセプトモデル(ファルコラスティコとか)の提示はしてくれてるんだけど、それの市販化となると結構および腰な感じでがっかりされられる。もう、普通のフロントテレスコ/リヤモノサスというバイクだと、乗る前からある程度ハンドリングやらなにやらの想像がついちゃうので、そうしたなかこういう「いったいどんな走りなんだろう?」と思わせてくれるバイクはそれだけで歓迎したい。こんなの売ってたら買っちゃうでしょうそりゃあ(笑)

毎年、モーターショーは行こうとは思うんだけど、現地の混雑を思うと「ま、いいか」ってなっちゃう。今年はどうしようかなあ・・・。行こうかな・・・。こんなこと言ってて、またたぶん行かないんだろうけど。

不定愁訴。

なんとなく気分がのらず、カラダも重だるい。アタマの回転も(普段にもまして)いまいちなのは、単に季節の変わり目だったり、連休明けで雨だったりするせいだけではない。個人的にはなんら関係のない出来事だ、忘れよう、無視しようと思うが、それがなかなかうまくいかない。

>事故死ノリックにファンの悲しみ募る(日刊スポーツほか、google関連記事)

意外なまでに社会的な反響が大きい。さっき見たkizasiではトップ項目だったし、ヤフーのトップページにも長いことリンクが出ていた。ふだんみんなロードレースのことなんか気にもしてないくせに、こういうセンセーショナルな事故があったときだけ注目されるということか。あるいは潜在的なファンが単に悲しみにくれているだけなのか。

〜乗っていたスクーターは9月に購入したばかり。公道ではバイクに乗らず、愛車のフェラーリしか使っていなかったが、この日は距離的に近い横浜市に所用があったため、手軽なスクーターを使ったようだ(日刊スポーツ記事より)〜

こういう事故では「なんであのとき」「今回に限って」みたいなことが必ずあるものだ。それで、関係した人たちの悲しみと後悔がさらに増幅される。普段乗り付けないスクーターでの事故。典型的な巻き込まれ型の災難とはいえ、「どうしてノリックほどの人間が」それであっけなく死んでしまうのか不思議でならない。すんなりとは納得できない。

記憶が定かではなかったので触れなかったけれど、ノリック、結婚していたんだな。僕も家庭をもつ身として、ご遺族の心中は察するに余りある。「ちょっとそこまで」ふらっとでかけて、帰るときは無言の帰宅。もしそれが僕だったら?ありえない。考えられない。

今回のことにはじまったことではないが、僕は年を重ねるほどにバイクに乗るという行為が怖く感じるようになってる。バイクに乗ることで、もしかしたら死んじゃうかもしれないという思いが、日に日に強くなってる。そこにこうした事故の報を聞くにつけ、その恐怖はより強く実体を増してきている。(死ぬことそのものはさして怖くない。そのことで誰かを悲しませたり、自分が苦しい思いをしたりすると想像することが怖いのだ。今回の事故のように)

これから先、僕は、バイクに乗るたびに、その恐怖と向き合い続けなければならない。そうすることに疲れたとき、自信がもてなくなったときには、僕はバイクを降りるだろう。カッコつけて大事なものを失ってから後悔してもはじまらないのだ。たかがバイクである。そんなもののために死んで、何が嬉しい。何が楽しい。

だから僕は散々、「安全、安全」と馬鹿みたいに言い続けているのだ。

僕は評価する。

PS3がここにきて下位互換を捨てたというのは、僕はひとつの見識であり、明確な方向性として評価したいと思っている。

>40GB版プレイステーション3登場、ついにPS2互換性を捨てる(engadged japanese)
>新プレイステーション3のPS2エミュレーションは困難、提供予定なし(engadged japanese)

物理的に内臓を抜いて、ソフトエミュレーション対応もないというのが逆にいい。

PS3普及のボトルネックになっていたのが、とにもかくにも「価格」だったわけで、それを下位互換を捨てることで実現しようというのはソニーの決意だろうし、明確な「方向転換」だと思う。やはり金持ちだけでは満足な商売にならんかった、ということだろう。PS3を商売ができるプラットフォームにするには、その普及台数が一定量を超えない限りは絵に描いた餅に過ぎないわけで。

過去のゲーム機が下位互換を捨てたことで、逆にその普及の足かせになったという指摘もあるけど、それもことPS2に限っていえばあまり問題ないと思う。PS2はすでにあまねく行き渡っているし、現行機については価格的にもかなりこなれている。PS2はすでに持っていて、PS3のゲーム「だけ」やりたい、という人にとってみれば、PS2対応のせいでいらぬ金を払わされているというのは無駄極まることだし。

ただ、下位互換を捨て、値段を下げたとはいえ、先の記事で書かれている内容においてはPS3はまだまだ高いけどね。個人的には3万切らない限り(あるいはよほどのキラータイトルが出ないかぎり)、PS3にはおいそれと手が出せない。

・・・いっそブルーレイも切って19800え〜ん、とかやってくんないかな。容量のでかいゲームディスクはDVD分割(あるいはネットダウンロード)で出してくれりゃあ問題ないし(ないのかな?技術的なことはよくわからんけども)。

<もう一声!>

上記を書いた直後に国内廉価版が正式発表された。

>SCE、39,980円の新「PS3」を11月11日発売(impress watch)

う〜ん、PS2非対応とはいえ、11b/gの無線LAN積んだりしてるから価格的にはこのあたりが限界か。35,000円だったらぐらっときたかもしれんが。でも振動コントローラーが別売りだろお・・・。あと1年待つようかな。振動対応込みで35,000円。そうなったら真剣に考えよ。

なんだこれ。

20071008094224
悪い冗談にしては手が込んでやがる。

…もうさ、みんなバイクなんか乗るのやめちまえよ。

<すべてが無意味になる>

こういう事故の原因がどうした、誰が悪い彼が悪いって、いくら追求しても結局のところ意味はないのだ。なにを言ってもやっても後の祭りなのだ。一度死んだ人間は二度と帰ってこないのだ。だから、こうした悲劇を回避する一番の方策は、「バイクになんか乗るな」ということなのだ。僕はあえて極論を言ってる。

<自分を守れ>

だってそうだろう?ノリックほどのライダーが死んじゃうんだぜ。だったら僕ら平民ライダーがバイクに乗って無事でいられるわけがないだろう?死にたくないならバイクになんか乗るな。乗るなら死ぬ覚悟で乗れ。

僕はバイクに乗るときには、ある種の死ぬ覚悟を胸に抱いてからそれに乗ってる。「もしかしたら予期せぬ事故で死んじゃうかもしれない」と考える。そうしたとき、少しでも「嫌な予感」が脳裏をよぎったときは、乗ることをやめるようにしてる。「覚悟」がないとき、疲れていたりで正確無比な判断とカラダの反応が見込めないような状況、そして「嫌な予感」がよぎったときは、僕はバイクに乗らない。それが自分を守る一番の方法だと思っているからだ。(だからどんどんバイクに乗る機会がなくなっている)

バイクに乗るということが、いちいちこうしたリスクヘッジを要することというのは間違っているのかもしれない。苛烈な交通環境がバイクを置き去りにしていることの犠牲に、僕らはなっているのかもしれない。

だがそれが現実だ。

現実に対処するにはそれなりの方策が必要だ。自分の身を守るためには、傍目には馬鹿馬鹿しく見えるほど臆病になる必要もある。特に百人百様の目的で走っている公道では、「自分以外は全部敵」で周りの状況を見る必要がある。現在の免許制度は、それを保有する人の人的品格、あるいはモラルについてはなんの保証もしていない。それが認めているのは、交通法規についての最低限の知識を有していることをチェックしたということだけなのだ。現在の交通事情は、非常にあやふやな「共通認識」のうえで成り立っているのだ。となりのクルマが次にどのような行動に移るかについては、予測不能だということなのだ。だったらあなたは見ず知らずの周りのクルマ(やバイク)をどこまで信用するかということなのだ。

僕は周りをぜんぜん信用してない。だから周りと距離を置く。それが僕自身を守る方法だと思っているからだ。

事故は起こる。事故は避けられないものだ。それも事実。だがそれがこうして毎回のような甚大な事態に繋がるというのは嘆いても嘆ききれない。どれほどそれに乗ることが楽しく、便利であっても、1回の事故で死んだらおしまいだ。僕は過失割合のこと言ってるのではない。死にたくないなら何があっても「最低限死なない」ような自己防衛方法についてみんなもっと自覚を持った運転姿勢を表すべきだと僕は思う。頻発する悲劇から、僕らはもっといろいろなことを学ばなくてはならない。

故人のご冥福を祈る。

ハイ!センセイ!

20071006191627
引き続きネコ攻撃。

カラシはたいていこんな感じで片手が飛び出したまま寝てる。

寄り切り。

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たまにはネコなんぞを。

寝るカラシ。

ハナがデカくてすみません_(^^;)ゞ

擁護すべきか。