モーターサイクル>ネコ>ゲーム。僕の人生いまのところまあそんな感じ。この先もずっとそうかは分からない。web2.0時代に抗うかのように、1.0コンセプトを貫き通すBLOG。

月別【200411

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次はこれだ。

先日買ったエースコンバット5をあっけなくクリアしてしまったので、この先どうしようと悩んでいるうちにまたこんなものをみつけてしまった。



Z.jpg>EA BEST HITS フリーダムファイターズ



うむ。これは面白そうだ。



なんだか最近EAのゲームはベスト版になるのが早いな。おかげで何かと出遅れ加減の僕は助かっているが。



同じくベスト関連では、リリース時に気になっていて買いそびれていた007エブリシングオアナッシングや、塊魂などもラインナップされている。アタマの端にインプットしておこう。これで当面は経済的なゲームライフが送れそうである。



ちょっと待っているだけで、こうして評価の定まっている旧作がリーズナブルに買えてしまうと、さらに(高価で内容の分からない)新作に手を出そうという気が失せてしまう。日本の景気浮揚が足踏みなのも納得である。

やっていいこと、悪いこと。

dvd1.jpg僕はこれはやっちゃいけないと思った。



>ヤングマシンオリジナル・スペシャルDVD付録



普通、いまの時代だったら、この手のマシンインプレッションはクローズドコースでやらなくては、道義的にも(厳密には道交法的にも)問題があると思うのだが、このDVDに収録されている走行シーンは、一般公道であるどこぞの峠&高速道路なのである。



まったくもってありえない。



この特典DVDでは、各チューニングショップの手によるリッターオーバーのモンスターマシンを、元WGPライダーなる人物が、「峠」で「激走」させている映像が収録されている。



もちろん当人としては本気で攻めてはいないだろうし(スピードは出さずに速く走っているように見せようという努力はしていた。無駄に伏せてみたり)、映像中に一般車両が写り込むこともなかったから、「きちんと安全を確認した上で」撮影を行ったという言い分は通るだろう。

しかしいくら読者限定でクローズドメディアのDVDだからといって、仮にも雑誌媒体、マスメディアに乗る映像が、天下の公道で、ヒザを擦りまくり、ウイリーをするライダーの走行映像をおおっぴらに載せても良いものだろうか。社会一般常識からすれば(というかバイクについて知らない人間が見れば)これは単なる暴走行為を助長する映像の範疇以上に収まるものではない。



だいぶ昔の話だが、レーシングドライバーの土屋圭市氏がプロとして駆け出しの頃、峠を86で爆走するビデオ映像が世間で話題を集め、氏はそれがもとであやうくドライバーライセンスを永久剥奪される寸前にまで追い込まれたことがあった。これも雑誌の企画で、氏はあくまで仕事として請け負ってやっただけのことで、走った峠も(あくまで非公式に)上下封鎖した上で行ったらしいのだが、この時はとにかくレースライセンスを発給している大元であるJAFがカンカンに怒ってしまって(公道でプロレーサーが暴走するとはなんたることか!)、事態を収めるのに大変な騒動になったのだ。



そういう事件があってからだと思うが、特にクルマ関連で、限界走行を見せるような場合はクローズドコースを使うことが暗黙の了解というか、世間一般常識になったものと僕は了解している。例えばベストモータリング関係では筑波サーキットをメインに、峠イメージの映像が欲しいときは修善寺や群馬のサイクルスポーツセンターを借り切って撮影を行っている。僕もこれが当たり前の措置だと思うし、社会的にモータースポーツを正しく認知してもらうには必にして然であると思うのだ。クルマ&バイクでスピードを出すこと=暴走行為という認識は、社会全般において非常に強固な認識であるのだから、それを少しでも和らげ、正しい方向に導くためには、モータリゼーションを扱うマスメディアは、自身の発信する情報に細心の注意を払う必要がある。



※ちなみにここはそうしたところをきちんと考えて撮影、放映している。ここで八代俊二氏がSRとFZ6-Nで走っているのが修善寺のサイクルスポーツセンターである。



その考えに立った場合、今回のDVDはその内容があまりに配慮に欠けているとしか言いようがない。



コースを借りる予算がないとか現実的な問題もあるのだろうが、もしバイク乗り(モーターサイクルスポーツ)を多少なりとも世の中からまともに理解してもらおうという意志があるのなら、こういう仕事はやってはいけないと思うし、やって欲しくない。特に同DVDに出ている元WGPライダーの方、そして今回マシンを提供したショップのお歴々の方。今後もし同様の企画を振られたとしたら、今少しバイク業界全体を俯瞰した視点からの関わり方をお願いしたい。社会一般から見て、自分たちがどう見られているかという視点である。



@@@



(こんなDVDをわざわざ買って見ている僕も同罪だが)



別に僕は峠を爆走するバイクの映像が見たかった訳ではない。単にこれに2005年モデルのCBR600RRの映像が収録されているというから無理して買ったのである。

そしたらなんてことはない、それは単にメーカー制作のPV(CM)でしかなく、一方で見たくもない一般道を暴走するバイクの映像が飛び出てきて、吃驚仰天というか「バイク(雑誌の)業界はまだこんなレベルの低いことをやっているのか」と半ば呆れてしまったのである。



しかしこのヤングマシンなる雑誌は、いったいどれくらいの年齢の読者層を相手にしているのだろう。少なくとも30代半ばに近づきつつある僕は想定読者層には入っていないようだ。なんたってヤングなマシンなわけだから。それは誌面を見てもヒシヒシと感じられる。ある種の年齢的な拒絶感はある。しかし一方で、今の若者がそんなに強烈にモーターサイクルに興味があるとも思えない。実態はどうなのだろうか。

ベストセッティングを探せ。

e6.jpgそんなことは面倒くさくてやってられるか!、と言いたいところだが。



プッシュアンダーの挙動が気に食わん、ということであれこれセッティングをいじってみている僕のCBRであるが、先日施したこのセットで走ってみたところ、プリロード(バネ)についてはまあこんなもんだろうなというものにはなった。街乗りで遭遇する路面の荒れや継ぎ目を、いささかせせこましい感じもなくはないのだが、前よりは良く吸収してくれているようだ。少なくともサスが動いているな、仕事しようとしてるな、というのは乗っていて感じられるようにはなった。



しかし、問題のプッシュアンダーについては、これは正直改善されたかどうかよくわからない。アクセルを開けたとき、プリロードを抜いた分、リヤサスが前より沈み込むようになったことから、トラクションの変化は感じやすくなった分だけ、アクセルでのコントロールの幅は拡がったような気はする。ただ、サスの沈み込み幅が大きくなったことで、スイングアームの対地角変化も大きくなったせいか、今度はトラクションがかかりきった先でタイヤが滑るような感触が前より急激に感じられるようになった。うまく表現できないが、コントロールできるが、限界は下がった、と言えば良いだろうか。リヤが滑ろうとするせいで、おのずとフロントのプッシュは減らされているが、しかしそれでもアクセルを開けるとリヤが勝つという傾向は残っている。曲がりたければアクセル抜いてひたすら待っていろ、と相変わらずバイクにしつこく言われる。そこで多少でもアクセルを開けようとするなら、不自然なまでにフロントを抑え込み続けなくてはならない力づくのライディングを強要される。だが、これは乗っていて物凄く不快である。



そしてプリロードを抜いたことで気になってきたのがダンピングである。特に急減速をした際のフロントの沈み込みが早く、それと相対的にリヤの伸びが追いつかずにリヤタイヤが「浮いた」ような状態になりやすくなった。それで不安定かというとそういうこともないのだが、たぶんこのまま攻め込んだらブレーキングドリフトになるだろうなと思わせる挙動が出やすくなった。これについてはフロントの圧側減衰を高めると同時に、リヤの伸び側減衰を抜くことで対処を試みたい。



しかし、である。



ここまでいろいろ考えて、セッティングも変えてみてつくづく思うのが、やはりこのCBRに採用されているユニットプロリンクなるサスペンションシステムは奇妙であるということだ。圧縮方向では物凄いトラクションを発揮するが、伸び側ではどうにもまともにサスが動いている感じがしない。路面をトレースする力が弱く、状況によってはリンクが固着してるんじゃないかと思えるほど仕事をしてくれない。伸圧で見せる表情がジキルとハイドなのである。

合わせて感じるのは、スイングアームピボッドの位置が高すぎるのではないかということだ。そのせいで(CBRのスイングアームがクラス一長いことも手伝って)スイングアームの対地角も大きく、荷重変化による動きもおのずと急激なものになる。それを押さえ込もうとサスを固めると仕事をしてくれなくなるし、抜いて動かせば今度はトラクション変化がトリッキーになるというわけだ。

要はリヤの車高が高いのだ。スイングアームの対地角を現状固定とするなら、体感的にはあと10〜20mmくらいピボッドの位置を上に上げたい(車高を下げたい)気分だ。ショートなリヤアームにして対地角を減らせるなら、同数値くらいピボッドの位置を下げたい。



しかしそんなことできるわけもない。こんなもの、いくらほざこうが夢物語。所詮与太話である。



果たして街乗り程度の走りでこのような不満の出るサスペンション、しかしレーストラックでは無類の強さと性能を発揮していることは結果が証明している。おそらくは僕が自らの下手くそな腕を棚に上げて、勝手に気にしすぎているだけなのだろう。実際周りの情報を見回してみても、僕のような不満を抱いているライダーをほとんど見かけないからだ。(みんな喜んで乗っているように見える)



僕は今回このCBRというバイクを買って、つくづくたかがバイクにも相性ってやつがあるんだなあと痛感している。性能的には僕などが文句のつけようもないくらい物凄いバイクであることは間違いないし、それはアタマでもカラダでもよく分かっている。こんなにクソ速いバイクに、ただの一般人である僕が、何の苦労もなく乗れてしまうこと自体が驚きである。しかし僕の心が、感情が、どうにもこのバイクを、このバイクが求める走り(お前は黙ってシートの上に座っていろ、何も余計なことをするな!)を拒絶してしまっているのだ。僕にも意志がある。僕の考えるライディングの組み立てというものがある。それを受け入れ、租借した上で「それはこういうことですよ」と間違いを正してくれるならまだ納得もいくのだが、CBRに乗っていると、それを一方的に、頭ごなしに否定されているようで、乗っていて悲しいし、不愉快なのである。



そう。ここで僕が問題にしているのはCBRの性能云々ではなく、あくまで僕とCBRとの間に置ける、個人的な「相性」の話だ。それは理屈ではなく、感情(超絶に簡略化して単に好き嫌いの)の問題なのだ。

だから僕のこの意見が他の誰かと相容れることがないというのも当たり前のことである。もしこの僕の話から他の人が何か参考にする部分があるとすれば、それは、バイクは買う前に、少なくとも試乗をしろ、ということくらいだろう。



僕が後悔する点があるとすれば唯一それだけである。

物欲を刺激される。

wf.jpgこれいいな。



>Arai オートバイ用ヘルメット GP-5X

四輪のF1イメージの二輪用ヘルメット、である。



今日はおまけDVDにつられてヤングマシンなる雑誌を買ってしまったのだが、そこに出ている広告を見てはじめてこれの存在を知った。*ヤングマシン誌についての感想はいずれまた。



僕はヘルメットは根っからのショウエイ派、というのは昔も書いたな。アライは帽体のデザインがどうもやぼったく見えてこれまで使ったことがなかったのだが、これには初めて琴線を刺激された。僕がヘルメットを見る際にいの一番にチェックするチンガード部分の絞り込みが適宜だし(ここがしぼられているだけでカッコよく見えるという単純な理由)、シールドも二輪向けの広い開口部を確保しながらシャープなデザインだし、そこに採用されているギミックもシンプルで無駄がない。良い。



僕はいまヘルメットを都合3つ(SHOEI X-8/INDEX/BELL)持っているのだが、そのどれもがサーキットユースには不適合(賞味期限切れor規格外)なのだ。結局今年はサーキットに行こうと思っていたのだがいろいろとタイミングが合わず走れずじまいに終わってしまった。来年には何とか一度はどこかのサーキットを走っておきたいと思っていて、そのためにはまずは適切なヘルメットを(さらにもう一個!)揃えなくてはならない。ということで、まずはこれをチェックしておこう。



・・・しかしこれ以上ヘルメット増やしても置き場所に困るから、それには手持ちのメットを処分するところからはじめなくては・・・。しかしどれも愛着があって手放せないのである。我ながら自分が情けない。

危うく乗り遅れるところだった。

Z.jpg最近はSAKUSAKUも飛び飛びでしか見てなかったので、まさかもうカエラちゃんのアルバムが12月8日に発売決定になっていたとは露知らず。今日の読売の夕刊をたまたま見ていた初めて気がついた。しかも初回限定版はPVのDVDまで付いているってんだからこれは買わないわけにはいきもはん。



あわててアマゾンに直行。しかし、なんと!



>KAELA (初回盤 特典DVD付) [LIMITED EDITION]

「現在、在庫切れです。」




天下のアマゾンともあろうお方が在庫切れとはこれいかに。



まさかと思って他にもネットでCD通販しているところを順繰りに探すが、どこも在庫切れ、もしくは予約受付が終了している・・・。



なんということだ。



ここまでのんびり構えていた自分にむかっ腹を立てつつ、カエラちゃん人気のすさまじさに愕然となった。これはもはや神奈川限定のアイドルという域を超えている。

仕方ない、限定版のDVDは諦めるか、と悲しい気持ちでカチコチマウスクリックをしていたところ、クロネコヤマトのCD通販で、まだ予約受付(しかも発売日に配送と豪語!)しているページに行き当たった。



「!」他が全滅なのにホントかよと思いつつも、当然速攻で申し込んだ。とりあえずこれで一安心。



木村カエラちゃんのその伸びやかな歌声と、彼女自身が紡ぐ等身大の瑞々しい歌詞に、僕は年甲斐もなくときめいてしまっている。ただ、若い女の子にありがちな。あまりにイノセントで自らの幸せだけを願う歌詞には一部乗り切れないというか若さが鼻につくところもなくはないのだが(それがあってセカンドは買えなかった)、それも僕が既になくしてしまった何かに嫉妬しているだけのことだろうけれども。



とにもかくにも、彼女の活躍には注目である。僕もまた性根を入れ替えて、SAKUSAKUのオンエアチェックにいそしもうと思う。どうにも自分が疲れているときってあまり気合い入らなくて見られないのだが・・・。

これがコミュニケーション?

相手との見解の相違をつつき合うことがコミュニケーションだって?



笑わせるな。



そんなものいくら積み重ねたって他人と分かり合うことなんて絶対にできるもんか。



この世に善も悪も、正も否もない。あるのは見解の違い、立場の違いだけだ。要はそれを認めるか認めないか。何があっても認めないというのなら、自分以外の全てを破壊しつくさなくては君がこの世界に満足することなどあるまい。



だから僕は誰とも交わりたくないんだ。いちいち僕のことに関わるな。黙ってどこかへ行ってくれればそれで全てが済むというのに。



結局君も僕も言いたいのは「うるせえ、馬鹿」って事だけなんじゃないか。



そんなのくだらないよ。



だからせめて僕にできることは、自らの立場の表明と、他者の立場を認めた上で、その違いが気にくわなければその他者を徹底的に無視することくらいだ。それ以上は無理だ。



僕がコミュニケーションに対して悲観的すぎることは認めるが、逆にみんなはそれを楽観的に見過ぎ(あるいは簡単に考えすぎ)てるような気がして仕方がない。

自ら信に溢れ、日々満ち足りていれば、いちいち他者にちょっかいを出すようなマネ(みんなの言うコミュニケーション?)をしないでも、心穏やかに生きて行かれるはずだと、僕は思っている。僕の心を乱すのは、常に僕以外の誰かなのだから。だからうるせえ、ほっとけ、と言ってるんだよ。

眠い。

images.jpg昨日の休み(だったのだ。飛び石の影響でズレた)は、ほとんど何もせず、朝から晩までのべつまくなし15時間以上寝ていた。

ちょっと風邪気味なのがたたっているせいか、異様なまでにカラダが眠りを要求してくる。

とにかく眠い。

元々僕は比較的長く寝ないと駄目なタイプだが、それにしてもこれは流石に寝過ぎである。

それでも、まだ眠い。寝過ぎて疲れている。

このところ、見えないところで気を張って過ごしてきたのが、昨日の休みで気が抜けてしまった感じも少しある。やはり集中力とモチベーションを継続させ続けるにはおのずと限界があるようだ。

ちょっと小休止。気力と体力の回復を待って、再始動を図ろうと思う。次にやること、やらなくてはならないことはすでに決めてあるんだ。

再確認。

t2004052713monkey.jpg自分の知らないこと、実際にやってねえことは書かねえぞ。

戦い済んで。

ace.jpgエースコンバット5・アンサング・ウォー、とりあえず一周目終了。えー、恥ずかしながらイージーモードではあったが。



やり終えての感想は、良くできたゲーム、というものだ。おもしろいかおもしろくないかといえばそりゃ面白い。そりゃもちろん。ただ一方で、ゲームバランスというか、あくまでフライトシューティングゲームとしてみたときの、ゲームそのものと演出とのバランスが「ギリギリ」かなあという印象も残った。今作では演出面(物語とムービー)にものすごく力が入っていて、それはそれで見応えのあるものではあったのだが、いささかそれに寄りすぎている感もあり、どうにもシーンAとシーンBを繋ぐゲーム(シューティング)、その繰り返し&一本道、あくまで物語を進めるためのコンバット、という流れが強いように思えた。有り体な感想としては「これではフライトシューティング版のファイナルファンタジー」じゃねえの、と。

自分の戦果が戦況に与える影響が、あくまで物語に即したもの以上にならず(勝てば話が進む/負け:落とされたらそれで終わり=やり直し)、やっていると一本調子になってくるのである。もしこれがリアルタイムで戦況として反映されれば(勝っても負けても)もう少し広がりのある展開も臨めるのではないかと思った。そうすれば全体として見たときのボリューム感も増すだろう。(終わると短く感じた)この辺りは次回作以降に期待、できるだろうか。次回作では現状のシューティング性にシミュレーション性をプラスして欲しいというのは僕からの要望である。あと、できれば物語の語り部は一人称がいい。今回は完全に第三者からの視点で語られるのだが、僕はゲームを始めてしばらくのあいだ、誰が自分(プレイヤー)なのかがわからず若干混乱した。



といいつつ、いまはハードモードで2周目を始めたところであるが、一周目、始めた当初は難しいと思っていた戦闘が、なんだか猛烈に簡単に感じるようになってしまった。それだけ腕があがったということだろう。戦闘の作業感に拍車がかかる。まあシューティング・ハイを求めていましばらくは飛び続けることはできるだろうけれど。



ちなみに、今作の感想を見ていると、「泣ける」という意見が多かったので期待していたのだが、僕的にはいまひとつ泣くというところまではいかなかった。物語の(特に後半の)展開が技巧的に過ぎるのが鼻についてしまったかな。



しかし、うーん、ちょっとあっさり終わりすぎてしまった。エースコンバット一本で、年内一杯は楽しめるかと思っていたのだが、目論見が少し外れた。



もう次を探している自分がいる。まずい。当面は自重である。

僕のことをひとことで言うと?

images.jpg夢見がちなリアリスト、かな。



あるいはモラリスティック・ファイター。



どうでもいいことだけれども。



日曜日のテレビがあまりにもつまらないので、ついこっちもつまらないことを考えてしまった。ウチは連休に弱い。

キャラが立つお菓子。

39.jpg>暴君ベビネロ



昨日ようやく目にしたので買ってきた。キャラがかわいい。例の暴君ハバネロの幼年時代、だそうだ。食べやすい辛さ、ということらしい。ハバネロはね、あの辛さはちょっとすごいもんね。PL法とかそういうの大丈夫かと思うくらいだから。(冗談だ)



あとで食べる。

モビルスーツ+モーターサイクル=?

images.jpgいやあみなさん才気煥発で僕は心から感動してしまった!



>モビルスーツバイク祭り開催中?

(フンボルトラクガキ道場)




クリップニュースからのリンクなので、ここに至る経緯とかここの板の運営の主旨とか全然分からないのだが、見ているだけで楽しいモーターサイクルデザインのオンパレードである。ボールのスクーターとかスゴク良い。こんなのあったら欲しい。ていうか、これならきっとララビットあたりが商品化すると思う。でもきっとものすごい値段で。



ともあれ、こういうベタなアイデアでもモーターサイクルメーカーの企画担当者は刮目してみるべきである。「お、これ面白いじゃん」そう思えるだけで、デザイン的にはある種の勝利なのだから。



しかし僕らの世代、ガンダム、というだけでとりあえずピクッと反応してしまうのは悲しい条件反射である。ワンワン。これはもうきっと老後に至っても変わらず続くことだろう。

ジレンマ

自分の嫌いなタイプの人間にばかり好かれるってことない?



そうなると、自分の人生おのずと喧嘩腰になってしまう。



無駄に疲れる。



だからどうしてもひとりでいたほうがマシだと思えてしまうわけ。



まったく、やってらんねえよな。

寒い冬になる。

images.jpg灯油が高くなっていてびっくりした。



肌寒い日が続くようになってきたので、昨日、今シーズンに入ってはじめて灯油を買いに行ったのだが、そこで気がついた。18リッターのポリタンク1個あたり、昨年比で200円近くあがっている。



このところの原油高でガソリンの値段が上がっているのは日常的にクルマに乗っているので肌感覚として実感していたし、灯油も値上がりするとはニュースでは聞いて知ってはいたが、まさかここまで上がっていたとは。値上がり幅はガソリンと同じである。



ウチは客商売なので、営業中の冷暖房が欠かせない。それはダイレクトに光熱費に反映される。今年の夏は例年にも増しての猛暑で電気代がかさんだし、それに追い打ちをかけるような冬季の原油高である。息を付く暇がない。以前はガス暖房をメインにしていたのだが、それだと月のガス代がとんでもないことになるので、厳冬期の繁忙時間以外は石油ストーブでまかなうようにしている。それでもシーズントータルでは相当量を消費することになるから、多少とは言え燃料代の元値が上がると出費に響くのは間違いない。



最近になってようやくあの馬鹿げた原油高騰も落ち着いてきたし、今日は今日でなんだか急激な円高なので(昨日まで105円台が今見たら103円)、その辺りの差益が実勢価格に反映されれば多少ガソリンや灯油の価格も下がるだろうけど、それにはいましばらくの辛抱が必要だ。



今年の冬は暖冬傾向らしいことが救いだが、気を(というか財布の紐を)引き締めてかからないと、懐的には寒い冬を過ごすことになりそうだ。

最悪の年、2004年。

世事・世情的にもロクなことがなかった今年だけど、僕も自分史上ここまでロクでもないことが頻発した年はかつてなかった。日々これでもかと襲いかかる数々の現実的な障害に、精神的にも追い込まれ気味で、心休まる日がほとんどなかった印象だ。神経が常にたかぶり、戦闘態勢。気分は優れず、表情も沈む。何とかこの状況を解決しなければならないと思うのだが、思いつく解決策よりも発生する障害が常に上回る。負けが込む。防御一辺倒。攻めに転じるタイミングが見つからない。ガードは無意味だ。立っているのが辛い。このままダウンしてテンカウントを受け入れた方がラクではないのかとすら思う。



これまではあまり一年ごとにその年がどうだと思うことはなかったのだが、今年は例外中の例外だ。来年はもっとマシな一年にしたい、いや、絶対してやると心底思っている。



まだ今年も残すところ一月以上あるが、メモとして総括。思うところあれば来月末に再度。

興味はないし、やらないけれど・・・。

dq.jpgエースコンバットから流れてのゲーム繋がり。



>ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君



発売まであと○日、とやっておる。



何だかずいぶん久しぶりにとりやまあきらのキャラが動き回っているの見た気がする。



繰り返しになるけど、僕はRPGは基本的にやらないので(パラメーター上げに時間がかかりすぎるのが性に合わない)、まず買うことはないだろうけど、流石にドラクエともなれば一応社会現象にまでなったものであるから、その動静については気にはなるわけで。(僕はドラクエは過去「3」を一度やったのみである。バイクで事故をして右手が使えず、でかけられないで暇つぶしにと友達が貸してくれた。選択肢選ぶだけだから片手でもできるだろうと思ってやったが死ぬほど大変だった)



しかしドラクエ、出る出ると言われ続けて幾星霜。今作は実質開発何年かかっているのやら。だいたい出所がスクエア・エニックスになっているというだけでも月日の流れを感じるに十分である。



ざっとプロモーションビデオ等を見ても、もはやあのドットのデフォルメキャラがマス目のマップをてこてこ歩いていた面影は微塵もない。これも時代である。プレイヤーのイマジネーションを越えるリアリティ。仮想の物語で、しかもアニメーションでリアリティもないが、こことは違う別の世界を見せるという意味でのリアリティは、グラフィックの進化ひとつ取ってみても相当なレベルにありそうなことは感じさせられる。ここまでリアルタイムのアニメーションが出来れば、ドラゴンボールとか、格闘ゲーム込みで続編のアニメーションシリーズをリリースできそうだ。



しかしまたこれみんな徹夜で並んで買ったりするのだろうか?いまの時代ならネット通販で発売日は宅配待ちとなるとは思うのだけれど。まあお祭りですから・・・。

ラーズグリーズの悪魔どもめ!

ng.jpgというわけで、北の海から来る悪魔、ラーズグリーズ・ワンです。chihiroです。



・・・。



昨日の休みはエースコンバット5漬け。朝から晩までロックオン。なんだかまだ目の前をマーカーが飛び交い、耳の奥でミサイルアラートが鳴っているような気がする。いくらなんでもやりすぎである。右目が物貰いの出来始めで鈍い痛みがあって、少し腫れが出ているのに、それでも目薬差しながらずっとやっていた。



ACシリーズをずっとやってきた僕としては、いくつか思うところはなくはないのだが、ゲーム自体はまったくもって文句の付けようのない素晴らしいデキである。グラフィック、ストーリーとも群を抜く仕上がりである。特に機体の動作が個人的には評価点である。これまではシリーズを追う毎になんだか軽い操作感を持つ機体動作が増してきていることが気になっていたのだが、そのあたりが、この「5」では、僕の中での評価が高い「1」に似て感じられ、非常に"翼に粘りのある"良い機体動作となっている。機体をロールさせたときの手応えがあるので、確実な操作ができるのである。もちろんこれはあくまでゲームとしての挙動だけれど(本物の戦闘機なんか操縦したこと無い!)、きっとこんなかなあと夢想するくらいは僕の勝手である。あと、そうそう!今回はなにより航空母艦からの発艦シークエンスが盛り込まれたのがグーである。エレベーターから甲板に上がり、甲板員に誘導され、射出カタパルトにセットされたF14を、自らの手で、自らの視点で発進させられたのにはちょっと感動した。子どもの頃からの夢がひとつかなった瞬間であった。



あとこのゲームについてちょっとだけ皮肉を込めた評価をすると、職業としての飛行機乗り、エースパイロットの悲哀、戦争の単純さ、というものを仮想体験するにはもってこいである。自分の単純作業の積み重ね(ロックオン・シュート!=撃墜=殺人行為)で戦争がどんどん拡大していく様を見ていると、神経のある部分が痺れるように麻痺していくのがわかる。仕事としての殺人破壊行為にだんだん何も感じなくなっていく。現実感の喪失という意味では、きっと本当の戦争も似たようなものだろう、とまた夢想する。海の向こうではこれと同じことを現実の空の上でやっているわけだけど。



ともあれ、僕の進めるゲームの方は話も佳境である。後半に入って急転直下の展開にいささかプレーヤーである僕が置いてけぼりを食っているが、まあ引き続きの無味乾燥な殺人破壊行為にいそしむだけである。

明日への活力

"ふざけるなてめえらいまにみていろ"そう心の中でつぶやくことで、僕は明日も戦うだけのエネルギーを燃焼させることが出来ている。このエネルギーはあくまで僕の内面を燃焼させているだけだ。外から得ているものではない。融合ではなく、分裂。つまり僕は自分の身を燃料として、自らの身を燃やし、生きているということだ。僕が勝つか、自ら燃え尽きるのが先か。僕にとっての勝負は常に真剣で命がけだというのはそういう意味でもある。僕の内にあとどれくらいのエネルギーが残っているかはわからない。もう戦えないと諦める日が明日ではないとは言い切れない。そういう不安は常にある。エントロピーの概念からして、こういう生き方はいたずらに自らの熱的死を早めるだけだという自覚もある。でも他に自分自身を律し、奮い立たせる方法が、いまの、そしてこれからの僕には持ち得ないという、僕が生きていくにあたっての厳然、かつ動かし難い事実もある。



なんて生きにくい人生。しかしこれは僕が自ら選び取った人生。一抹の寂しさを禁じ得ないとはいえ、それについての文句など無い。あるわけがない。



このように、僕がありとあらゆるものを犠牲にして作り上げているのは、僕を取り囲むための非常に強固な"壁"だ。それは僕と世界とを冷たく隔てるものだが、一方でそれは、僕を守ってくれる、僕にとってはなくてはならないものなのである。

これぞ優雅な引きこもり生活

ym.jpgこれは素敵。家庭内別居にももってこいである。(そういう意味ではウチには必要ないけど。いまのところ)



>[ヤマハ]部屋の中にもう一つの「部屋」 マイルーム



ただのパーティションと考えてしまうと、その値段がいささか高く思えるが。



ともあれ、ヤマハはこういうこともやってるから素敵。バイクでおなじみの発動機を筆頭に、ピアノ、マリンスポーツ、システムキッチン、PC周辺機器、ゴルフ、着メロ、etc,etc、である。多角化経営かくありきである。本業がなんだったっけと思うほどだ。確か発動機部門はここ数年かつてないほどの好況だと聞くが(アジア圏のバイクが売れている)その他の部門、例えばこういうところはどうなのだろう。一般的な認知度としてはそれほど高くないような気はするが。僕があくまでモーターサイクルのヤマハのファンでなければ、きっと気にも留めていないような気がする。



しかしこれ、自分だったらどう使おう。ありがちだがまずはパソコン持ち込んで、ということになるだろうか。まとまった文章を書くにはこういう隔離スペースは重宝するだろう。別に後ろ暗いものはなくとも、モノを書くのに周りに人気(ひとけ)があるというのは集中力を削ぐものだ。



先のページではモニタ募集をしている。自分の使い手考えて、応募するだけしてみるか。置き場所は…どこか一部屋潰せばどうにでもなる。本末転倒という気もしないでもないけれど。

働いたら負けだと思ってる?

neet.jpgとりあえずこういう流行言葉でカテゴライズされるのって、未だにみんな大好きなんだ。なんでもいいけどとにかく何かに属していたいという欲求の現れなのか?



>20代おおう「心はニート」 自分探し世代の憂鬱



何がニートだよ。何が自分探しだよ。結局は自分で何も決められず、何もできないことをなんとか肯定的に受け止めてもらおうと甘えているだけではないか。



(以下は感情の発露として口語で行く)



ニートニート言われるたびに、いちいち"あの顔"が思い浮かんで結構うっとうしいんだけど(笑)



あのね、みんながみんな自分のやりたいことを好き勝手にやりはじめたらそれはそれでとんでもない世の中になると思うわけね。あなたのとなりの誰かが何も我慢せずに生きていると思うこと自体が間違いだし歪んだ被害者意識丸出し。とりあえず生きるためには働かなくてはならないわけなんだから(働かざる者食うべからずって言葉、知ってる?)、まずはその次元で納得できる仕事につくことからはじめなきゃあ。



「でも自分のやりたい仕事を"やらなくちゃいけない"」



そんなもの僕に言わせればハッ!って感じだよ。なにくそくだらない幻想に惑わされているんだよ。現実を生きるにおいてはそんなもの何の役にも立たない強迫観念だ。それはいったい誰が君に言ったことなんだ?誰が言ったとも知れないそれが、君の真実なのか?少しは自分のアタマを使ったらどうだ。これじゃあ月9のドラマを見て「みんなと同じように恋愛"しなくちゃいけない"」って思いこんでるのと変わらないよ。ましてや自分が何をやりたいのか分からないなんて言ってるうちは、そんな戯言吐く資格なんかない。順序が違うよ。



理想を追い求めるだけで生きていけるんだったら誰だって何の苦労もないさ。でもまずは自分の身を立てるために何をするか、否、最低限自分に何が出来るのか、それくらいは考えなくても口より先に手を動かし足を動かし、とにかく生き残るためにできることをやれってんだ。



最近のワカイモンは我慢ってことを知らないから困ると言うのはまだ30代前半の僕だけど。それでもそう思う。みんなもっと我慢しろ。自分が本当にやりたいことを見極めるためには、まずは我慢を"しなくてはならない"。(これは僕の強迫観念だが、しかし) それすらないままに、みんなただ結果としての安定や形だけの成功ばかりを追い求めるから、生きている実感(生きるための方向感覚)を失ってしまうんだよ。



生きることってもっと汗くさくて埃まみれで、本質的に格好悪いことだ。しかしいつの頃からか、自分のやりたいことをやって苦労しないで楽して生きることが正しいみたいな歪んだ理想が蔓延るようになってしまった。そしてみんなそのゆがみに苦しめられているわけだ。



生きることはそもそもが苦しいことだという前提にさえ立てば、くだらない文句を言う前にやるべきことも見えてくるし、君の口から吐かれる愚痴の数もきっと減ることだろう。

セッティングの迷路に迷い込む。

54.jpgどうにもこうにもプッシュアンダーの挙動が気に入らないので、もはやダメもとで、CBR600RRのサスのセットを変えてみた。これまでも何度かいじっているので、単なる悪あがきであるが、こういうときにフルアジャスタブルのサスがついていることに感謝、いや、ありがた迷惑である・・・。だっていちいちこういうこと考えたりやったりするの、面倒くさいんだから。



・フロントプリロードを抜く→デフォルト4段目を7段目まで(弱方向)



・リヤプリロードを抜く→デフォルト4を2まで(弱方向)



ダンピングはほぼデフォルト(のはず。前後半周戻しくらい)だから、サスを弱めたぶん、相対的にダンピングは強めになっていることになる。加えてデフォルト比で、前を柔らかく、後ろを固く、つまりは若干オーバー目のセッティングを狙ったつもりである。



このところ気になっているプッシュアンダーの挙動は、アクセルを入れたときのサスの可動範囲が狭いことから来ているのではないかと想定しての措置だ。サスが固いから→アクセル入れる→少しの荷重変化をダイレクトに拾う(特にリヤ)→空走時間がないままリヤがグリップ→前を押し出す=プッシュアンダー?、というわけだ。



1Gの荷重沈下(サグというらしい)が、CBR600RRにおいて、体重57kgの僕が乗った状態で、デフォルトのサスセットではほとんどないことが納車時から気になっていて、事実その状態で街乗りしていると、サスが動いている感じがほどんどしなかった。これではなんだかバイクを走らせてもお客さんで乗せられているだけのような感じだったし、そこでサスを動かす程に荷重をかける走りをすると、一般公道で許容される速度域を大幅に超えてしまうので、これまで2回ほど前後プリロードを抜き、ダンピングを効かせる方向でサスセットの変更を行ってきた。つまり低い速度でもサスがきちんと動くようにしたかったわけだ。



今回のセット変更は、さらにプリロードを抜くことで、アクセルを入れたときのサスの「溜め」を狙っている。プリロードを抜き、サスの動く範囲を広げ、あえて挙動を「鈍」な方向に持っていくことで、アクセルを入れたときの挙動変化をさらに穏やかにするためである。現状(セッティング前)ではコーナリング時、リーンからアクセルを入れたときに(エンジンのドン付きもあって)あまりに急激にリヤタイヤがグリップし、フロントが落ち着く前にリヤだけが立ち上がり、前に出ようとしてしまう。プッシング・アンダーステア。しかしこれを嫌ってフロントが落ち着くのを待っていると、いつまでたっても(クリッピングを過ぎても)アクセルを入れられないという非常に不安でストレッサーな状況に追い込まれてしまう。コーナーを攻めると言うよりただバイクが惰性で曲がりきるのをぼけーっと待っているだけなのだ。これでは全然コーナリングが楽しくない。



僕としてはもっとコーナーの手前から積極的にアクセルを開けていく走りをしたい。リーンは瞬間である。それが終わったらすぐにアクセルを入れ、リーンを切り上げ、加速方向に持っていきたい。常にトラクションを与え続けることで、タイヤを潰し、マシンを安定させる。リーンアングルもトラクションで制御したい。僕はアクセルと連動する右手でマシンの挙動をコントロールしたいのだ。



あくまで僕が感じていることだが、CBRのハンドリングは、あまりプラスのトラクション方向でのコントロールを受け付けない味付けになっているようだ。曲がるのはバイクとタイヤにお任せあれ。ブレーキから旋回は何もせずにひたすら待っていろ、とにかく加速はそのあとだ、と、かなり役割分担がはっきりしている。もしこれを嫌って早くからアクセルによるコントロールを行おうとすると、例の猛烈なプッシュアンダーの嵐を食らわされる。「な?だからアクセル開けるのもう少し待っていろと言っただろう?」バイクが言うのである。



もしこれを乗り方で解消しようとするなら、かつてヴァレンティーノ・ロッシがホンダのRC211Vに乗っていたときにやっていたような、コーナー立ち上がりでの強引なパワースライドを駆使するしか方法はない。リヤタイヤをスライドさせることで、フロントをプッシュする力を逃がしつつ、同時に旋回するのである。



・・・そんなことできるか!(ましてや公道で!)



これは図らずもCBRに採用された、最新式のユニットプロリンクの特性がそうさせているのだろうと思っている。これがなまじ路面への追従性が高いため、トラクションがかかった際にあまりに「リヤだけで」仕事をしようとしてしまうのだ。サーキットのように道幅やその他環境的な要因さえ整っていれば、こういうバイクがもっとも速く走るだろうことは想像できる。しかし公道ではそうはいかない。特にブレーキングからリーン、というマシンが一番不安定な状況下で、なにもライダー側にコントロールする要因が残されていない(慣性とバイクとタイヤ任せ)というのはあまりに不安だし、僕はたかがバイクをそこまで信用できないのである。



マシンをコントロールしているのはあくまでライダーである僕だ。そういう感覚がないままにバイクを走らせていても何も面白くない。ただ怖いだけだ。



そういう状況を解消しようと、日々悶々と思考を巡らせている僕なのであった。



#と、今日はセッティングを換えたところまでで空は俄に掻き曇り、日も落ち雨すらぱらつきはじめたので、実走しての感想はまた後日である。

先人に学べ。

cs.jpgSUZUKI MOTORCYCLES | 【2004.10.23-24】ケビン・シュワンツ スズキスクールin Japanリポート



"あの"ケビン・シュワンツ直々のレクチャーが受けられる「安全運転講習会」。スズキオーナー限定というのと、参加費がいささか高いというのもあって、心情的ヤマハファンで、現ホンダユーザーの僕はこうしてリポートを指をくわえてただ眺めるのみだが、流し読みするだけでもなかなかにポリシーのしっかりした内容であったことが伺える。



しかしそれも当然。これまた"あの"辻本聡氏や水谷勝氏といった、80年代のモーターサイクルレースを大いに盛り上げてくれた英雄たちも講師として参加しているのである。



>「comfortableに走ってますか?」

>「低速コーナーでは約2秒先、高速コーナーなら約6秒先を常に見るよう心掛けてください」

>「レイニーもローソンもガードナーもドゥーハンも走り方は様々ですが、

> 要は自分にとって快適な走り方をしているのです」



いずれも今回のレクチャーの講師陣による何気ない一言であるが、そこから得られる教訓は果てしなく大きい。走っていて自分が快適か否か。それがモーターサイクルライドの楽しさの根幹であり、また安全に繋がる一番の指標となるのだ。

度胸一発でコーナーに飛び込み、そのたびにいちいちロシアンルーレットをやってるようなライディングは、そのリスクと引き替えに得られるものは何ひとつない。それはライディングの本質をはき違えている。モーターサイクルライドは、本来的にもっと安全で、もっと楽しいものなのである。



93年にチャンピオンを獲得したが、同年に発生した生涯のライバル、ウェイン・レイニーの事故のショックもあって、抜け殻のようになり、レースの表舞台からは身を引いたケビン・シュワンツ。その彼がこのような形であってもモーターサイクルとの関わりを保ち続けていること、ただそれだけでも当時の彼の活躍を知る僕としては嬉しいし、感動を禁じ得ない。それに、年齢的にもすでに「おっさん」の域に達している彼が、変わらずライディングを楽しんでいるということにも僕としては大いに励まされるし、また自分もこれからさき彼と同じようにいつまでもライディングを楽しんでいきたいという思いを新たにする。



そして出来れば、同じような形で、ホンダであればワイン・ガードナーやフレディ・スペンサー、ヤマハであればケニー・ロバーツやエディ・ローソンを講師とした、同様のスクールを開催して欲しいと、彼らが活躍していた80年代の熱烈なGPファンだった僕は強く願うのである。もしローソンが講師となるスクールが開催されるのであれば僕は万難を排しての参加を心に誓う次第である。

TOKYO CONDR !!

昨日の休みはCBR600RR納車後初の初回点検のために、購入店である千葉のオートショップトミザワへ。CBRはインターネットでの完全なカタログショッピングだったため、実際の店舗に訪れるのは今回が初めてである。2月の末に納車で9ヶ月も経った11月に初回点検もないものだと自分でもわかってはいるのだが、いかんせん走行距離が先日ようやく500kmを越えたばかりであり、このペースだと初回1000kmに到達するのはいつのことやらとようやく踏ん切りがついたのである。



それはともかく、僕は甘かった。バイクで遠出をするにあたり、都会の交通渋滞を完全に舐めていた。



平日の昼間だから、そんな馬鹿みたいに渋滞することはさすがにないだろうし、万が一していたとしてもこっちはバイク。それほど大きな影響は受けないだろうと踏んで、僕の住む神奈川から購入店舗のある千葉までオール下道ルートで行ったのであるが、これがおおきな間違いであった。



都心部に近づくに連れ次第に交通量が増し、やがては周りを営業車や大型のトラック、ダンプに囲まれ身動きが取れなくなった。すり抜けしようにも、(今回渋滞に巻き込まれて初めて気がついたが)仮にも大型バイクであるCBR。車幅が大きな分思ったほど小回りが利かず、安全マージンを相当に削らないとすり抜けなどできるような余裕はなかった。



勢い渋滞にハマった。



車列に阻まれ、とろとろと前進とストップを繰り返す。周りはどす黒い排気ガスをまき散らす大型の車輌ばかり。本来なら秋口で曇り空、肌寒いくらいの陽気のはずが、生ぬるくよどんだ大気が道路上に沈殿している。エンジンの水温はあっという間に100度を超え、104度に達すると"フィーン"と冷却のファンが回りだした。熱風がカウルの隙間から上がってくる。暑い。半クラッチを強要され続けている左手が痺れ出す。



この状態が延々と続いた。



都心部を抜け、湾岸を通る道路に出ても状況はあまり変わらなかった。道幅が広くなった分、多少すり抜けもしやすくなったが、周りは相変わらずダンプとトラックだらけ。ペースは上がらず、信号毎に停められる。クラッチを握る左手の、手首からヒジにかけて、引きつったような痛みが常に走り、握る指先にも力が入らない。これが今流行のアームパンプか。やがて僕はシフトのアップ・ダウンそのすべてにおいてクラッチを使うことを止めてしまったが、それでも信号で止まるときのニュートラル出しにはクラッチを握らざるを得ず、僕は曲げた指先にクラッチレバーを引っかけ、腕全体を引っ張る形でなんとかそれに対処していた。



家を出たのが朝の10時。上記の状況を経て、ノンストップ(無休憩)で千葉を目指し、バイクショップに到着したのが午後の2時。距離にして120km足らずではあるが、異様に時間がかかった。



都合4時間の悪夢、いや、都会の拷問であった。



@@@



そうした時間の後、ようやく到着したオートショップトミザワさんは、清潔で落ち着いたたたずまいの素敵なお店であった。店先には最新型の大型バイクが整然と並べられてはいるが、一台毎の間隔が適切に開けられているからであろうか、こういうバイクショップにありがちな息詰まるような感じがないのが好印象である。入り口の真正面には先日発表されたばかりのレプソルカラーのCBR1000RRが置かれているのが目を引く。ほほーう。これはなかなかに派手である。他にも僕が(すでに!)次期乗り換え候補と狙っているYZF−R1も置かれており、中古であることもあってその手頃な値段に思わず見入ってしまっていると、お店の人に「どうぞ中でお待ちください」と声をかけられた。通された店内も明るく、僕は渋滞で疲弊しきったカラダをしばしの間のんびりと休めることができた。



点検を待っていると、外は突如結構な雨に。なんてこった。天気予報では今日は曇り空ながら雨はないと言っていたはずなのに。バイク乗りで雨が好きな人間はそうはいないだろう。僕も同じである。雨で濡れたアスファルトほど怖いものはない。すると心配したお店の方(冨澤さん)がインターネットで雲の様子を調べてくれて、ほどなく止みそうだと教えてくれた。通り雨のようである。事実点検が終わって店を出るときには雨は止み、ハーフウェットながら濡れずに帰ることができた。(ほんの数キロ走らず路面は乾いた。局地的な通り雨だったようだ)



僕はそれほど数多くのバイクショップを知るわけではないが、そうした中比べてみても、今回訪れたトミザワさんはこれまでで一番感じの良いお店であった。ウチから行った場合のこの距離と時間さえもう少し短ければ、もっと頻繁に訪れてみたいところである。



※今回は携帯を忘れたため写真はなしである。

欲望とストレスには勝てない

ZZ.jpg発売されて以来どうしようかずっと悩み続けてきたのだが、欲望には勝てなかった。悪魔の囁き、アマゾン・ワンクリック注文をしてしまった・・・。



>"ACE COMBAT 5 The Unsung War"



いろいろと伝え聞くに、グラフィックは存外に美しいらしい。シナリオにも期待が持てそうだ。久々のフライトゲーム。浮き世の憂さを、せめてこれで晴らさせてもらおうか。到着が楽しみだ。



僕はエースコンバットは1・2・4とやってきて、ベストは未だに1だと思っている。PS黎明期のソフトだが、あれのオープニングムービーを見たときの衝撃はいまでもありありと覚えている。ゲームとしての内容、というか、機体の操作感も1が非常に馴染んだことも僕の中での評価が高い理由だ。2は買って、一回やっただけで猛烈に失望(映像演出や操作感が全然合わなかった)し即売却。その影響で3は見送り(それでも一応ひとから借りてやった)4はベストが出てからやった。おもしろいはおもしろかったけど、なんだか淡泊だった印象だ。そして今回の5、である。なんだかんだいって、一応シリーズは制覇してしまったことになるわけだ。良いお客さんである。



ゲーム関連で言えば、年末にはグランツーリスモ4も出るし、メタルギアソリッドの新作も出る。それらとの兼ね合いも考えたのだが、GT4はプロローグで一応やってるし、MGSは前作を途中で放棄したままということもあってスキップ。それでこれと相成った。話題としてはドラクエの新作とかもあるが、僕はRPGはやらない人間なのでノーインプレッシブだ。



下火といわれるゲーム業界。新手のゲームに手を出すのはリスクが高いこともあって、どうしてもシリーズモノを選択してしまうのはお小遣いの少ないお父さんの悲しい性である。

ネコがいなくなる

56.jpg気がついたときにはいなかった。



今日は気持ちの良い秋晴れで、庭につながる南向きの窓を開けて網戸にしておいたのを「自分で開けて」出ていってしまったようだ。夕方日も陰り、すこし肌寒くなってきたので、窓を閉めようと思ったら、その網戸が丁度ネコが通り抜けられるくらいの幅で開いていることに気がついた。家中ネコの名を呼びながら探すが返事がない。いれば聞こえる首輪についている鈴の音もしない。



くそ。やっちまった。



ウチのネコは完全な家ネコで、外にはたまにひも付きの散歩で庭に出すくらい。外界での独力での過ごし方はまったく知らない。とはいえネコはネコ。外にでたからといってすぐにどうこうなるわけではないことは分かっているし、帰巣本能くらいは持っているだろうから、いずれは帰ってくるという期待はあった。しかしいかんせんウチのまわりは幹線道路で常に大型のダンプやらトラックやらがのべつまくなし走り回っている。何かの拍子に道路に飛び出し、こんなのに轢かれたらひとたまりもない。



外はすっかり夜。暗い。懐中電灯を片手に家の周りを見回ってみるが、まったくどこになにがいるやらわからない。カミさんも「お腹でも空けば帰ってくるよ」と言っているが、心配は心配だし、これで諦めて家中を締め切ってしまえばネコが帰ってきたことに気がつかない可能性もある。そのために窓を開けっ放しにするわけにもいかない。



ちくしょう。でもまあ仕方ない。昼間なら探し回ることにも意味があるだろうが、外が夜では徒労に終わるだけだ。自力で帰ってくることを信じて待つしかない。



開けっ放しにしておいた窓を閉める前に、暗い庭を見渡し、最後にネコの名を呼んでみた。



「チリチリ〜ン」聞き慣れた鈴の音がする。間違いない、姿は見えないがウチのネコだ。どこか近くにいる。また名前を呼ぶ。さらに鈴の音が近づいてきた。どこにいるか分からないし、もしここでこちらから手を出したり追いかけたりしたら、間違いなくネコは反射的に逃げてしまうだろう(ネコってそういう生き物なのだ)。僕は慌てて冷蔵庫に入れてあった、彼女が大好きな缶詰を持ってきてスプーンで叩いた。「ほら、缶詰だよ」ここまで来たら餌で釣るしかない。



裏手の家とウチの庭との境の垣根の向こうから、だっとネコが走ってくる。缶詰を見て家の中に駆け込んできた。にゃーと啼いて、エサをせがむ、いつものネコがそこにいた。



心底ほっとした。



実質彼女がいなくなっていたのは1時間か1時間半くらいのものだったと思うが、いなくなったと気付いたときの喪失感たるやなかった。絞首刑の台に昇らされ、床が抜けたような気がした。もうだめだと思った。もしあのままネコがどこかに行ってしまっていたら?いまごろ僕はどうなっていたか知れない。表面上は冷静を装いつつも、きっと内心は悲嘆にくれていたことだろう。それがこうして無事に帰ってきてくれて本当に嬉しかった。



帰ってきたネコは、なんだかびっくりしている様子で、なんとなくいつもと様子が違う。ちょっといきり立ってるような感じだ。どこかケガでもしていないかと全身隈無く触って確認してみたが、痛がる様子もなく、ケガはないようだ。おそらく自分でも思いがけず遠くに行ってしまい、どうしたことかと驚いたのだろう。



たかがペット、されどペット。僕にとってはかけがえのない大切なパートナーであることを再確認させられた、今回の事件であった。

落ち葉焚きって難しい・・・。

31.jpgなかなかうまく燃えないもんだ・・・。

だから電気のことはわからないと言ってるんだ!

20.jpgFZR、またしても故障である。前はエンジンが突然死(バッテリ換えたら直ったけど)。今度はウインカーの突然の点灯不能である。でかけようと思ってエンジンをかけ、道路に出るのにウインカーを出そうと思ったら、、、点いてないことに気がついた。



くそう。またかよ!



灯火類、スターター等、その他の電装は異常なし。ウインカーだけが死んでいる。



・・・電装トラブルはわけわかんないから大嫌いなのに・・・。



まあ単純な断線か接触不良なのだろうけど、またその箇所を特定するのにカウル剥いだりなんだりせねばならん。



・・・面倒くさい。。。



古いバイクを持つ以上、この手のトラブルは常に覚悟しなくてはならないことはわかっているのだが、僕は元々が不精だし、機械は最低限のメンテナンスで動いてもらわなくては困るタイプの人間だ。バイクは走ってナンボなのである。



僕のFZRは中古で買ったのだが、年式の割には程度も良く、外装もピカピカ。エンジンやマフラー周りに多少錆が浮いているのが気になるくらいで、エンジンやサスの調子はまったく悪くない。しかしこのところ先のバッテリーや今回のウインカーといった電装トラブルが頻発しだしているし、ゴムパーツの劣化でブリーザーパイプが抜けたりというつまらない故障がほぼ走るたびになにがしか起こっている。乗る機会自体が少ないのに、そのたびにトラブルではさすがに気力が萎える。



CBRとFZRの二台体制に無駄があることもわかっている。とりあえず手持ちはCBRに絞り、FZRは手放すというのもそろそろ現実的な選択肢になりそうだ。

そうなると、本来的にはヤマハファンである僕の立つ瀬がなくなってしまうのだが、まあ状況を選り好みしている余裕もない。どうしてもダメならそれも仕方ない。



ヤマハにはCBRの次に再び乗り換えることを確約し、今回はいったんピリオドを打とうか。とりあえず一回はカウルを剥いで故障個所を探すが、それで原因と対処法が分からなければ、ということにしよう。

ヤマハ、12年ぶりの歓喜。

51.jpgウチに入れてる読売新聞より。ヤマハ、2004ワールドチャンピオン獲得の全面広告。やるね、力入ってるね。そりゃそうだ。この前チャンピオン獲ったのが92年のレイニーだというんだからそりゃ喜び勇んで報告せねばいかん。



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〜挑戦は、本能である。勝利は、実証である。〜



"挑むからには、最高峰を目指す。目指すからには、最高点を掴み獲る。それはヤマハチーム全員の決意でした。新型エンジンを開発し、格段のパワーアップを果たした。ファクトリーマシンYZR−M1。常に上を目指し、ベストを尽くしたロッシ選手。そして、チャレンジングスピリットを燃やし続けた、スタッフの一人ひとり。すべてが一丸になったからこそ、モーターサイクル・ロードレースの頂点である[世界選手権MotoGPクラス]で年間チャンピオンを勝ち取ることができたのです。ヤマハはこれからも走り続けます、挑む心を忘れることなく、より新しい感動を想像しうる企業を目指して。"

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キャッチコピーは、○○の、が抜けているいささか上滑りなものだが。



こういう広告だから企業臭の方が強いのはいたしかたなしか。実状からすればいささかヤマハのマシンあったればこそというその物言いはメーカーとしての謙虚さが足りない気もする。実際、ロッシ以外のヤマハライダーがどうなってんのさというを見た場合、つまりそういうことなのだし。



まあつまらないところに突っ込むのは止めよう。こういうところでどうしても元コピーライターの悪い癖がでてしまう。なにはともあれ、おめでとう、ヤマハ。生粋のヤマハファンである僕は、これでようやく尻の据わりの良い感じになった。来年はホンダを筆頭とするライバルメーカーの追撃が激しいだろうが、決して気を緩めることなくマシン開発に頑張ってもらいたいと思う。ロッシにおんぶに抱っこと思われてしまっては、せっかくのタイトルも霞んでしまうのだから。

浮き世の垢が落ちない。

images.jpg昨日の休みは温泉に行った。



>箱根・天山



手頃な入湯料、のんびりとくつろげる空間、清々しい自然に囲まれた、大変良いところであった。おそらくは休日だったら混み合ってしまって、こうはのんびりできなかったであろうが、平日休みのメリットを思う存分満喫させてもらった。



このところ身辺で頻発するくそくだらないトラブルの数々で疲弊した神経とカラダを少しでも休ませようと思っていたのだが、しかしそう簡単に思考の回路が切り替わるわけでもなく、温泉につかりながらくそつまらない考え事ばかりしていたらすっかりのぼせて湯当たりしてしまった。ふらふらのくたくたである。温泉の能書きにあった、30分の入湯で1000m全力疾走したのと同じ効果があるから努々注意とあったのは嘘ではなかった。一日経ったいまもなんだかカラダが宙に浮かんでいるような感じだ。



ともあれ、近場でなかなか良いところをみつけた。一緒に行ったカミさんも大満足である。道が空いていればウチから箱根まで1時間くらいなのである。灯台もと暗しでこれまで箱根はどうも行きつけなかったのだが、出不精は損をするということがわかった。また時間をつくって行ってみたい。今度は長居できる装備(本とか毛布とか)を整えていこう。

これぞ王者の風格

images.jpg>MotoGP最終戦バレンシア・玉田5位、有終飾れず



ロッシ、その自らの速さと強さをただひたすらに見せつける勝利でシーズン最終戦を飾る。PPからスタートの玉田選手、序盤は激しくロッシと争うが、レース折り返しの15周を数えたところで急速にペースが落ち始め、ずるずると後退。最後は後位でだらだらと締まりのない走りをしていたジベルノーにすら抜かれ5位フィニッシュ。ライブタイミングしか見ていないのでなんとも言えないが、玉田選手のペースダウン、あれはブリジストンタイヤがそこで終わったという明確なメッセージであると僕は受け取った。序盤でロッシに無駄にペースを上げさせられたあげくにタイヤを使い切り、後半の展開にまったく繋がらなくさせられてしまったというわけだ。タイヤが終わった時点で彼の走りでは試合終了、なのである。



僕の印象だが、ロッシは玉田選手をまったく相手にしていないように感じている。逆に玉田選手はなんとか自分の速さをロッシに認めさせようと奮闘するのだが、いつも適当にあしらわれて終わってしまう。モテギでは独走でロッシに勝ったが、あれだってロッシのシリーズタイトルにはなんら影響を与えていない。



本来は、単なる速さと勝負に勝つための強さは違う。しかしロッシはそのあたりの使い分けをせず、自らの勝利へのモチベーションを猛烈に燃焼させて、強引に両方とも引き寄せてしまう。これに対抗するだけの勝つことに対する執念を持ったライダーは、少なくともいまロッシと同じレースを争ってグリッドに並んでいる中にはいないのではないだろうか。ロッシに太刀打ちできるだけのライダーの登場は、まだしばらく時間を待たねばならないと僕は思う。



また、そのほかのライダーに目を向けると、今回のレースはなによりビアッジのがんばりが目立った。トップに出ることはなかったが、最後まで諦めず速いペースを保っていた。なかなかに好感を持てるレースをしていた。彼は順位を守ろうとするとミスをするが、追い上げて上のポジションを狙うときはなかなか素晴らしい集中力を発揮するようだ。今回のような走りが来年毎回出来るのなら、タイトルも見えてきそうだ。また、ビアッジの後に続いたドゥカティのベイリスもお疲れさまの走りだった。速い遅いではなく、この二人には今回頑張りを感じた。良いレースだったと思う。4位のジベルノーに関しては見どころはない。今回は玉田のペースダウンとヘイデンの転倒がなければこの順位でのフィニッシュはありえなかった。躁鬱でいえばまた鬱な走りをしていた今回のジベルノーである。



そしてまたしても落胆はアメリカの星、ニッキー・ヘイデンである。何周目か忘れたが、残り周回もあとわずかのところで転倒である。それまでは3位から5位くらいの間を息を切らせながらもなんとか走っているようであったが、最後で力尽きた。だからあの無様なドリフトをやめろというのである。あれで無駄に体力と集中力を奪われ、レース最後までもたないのだ。彼は頑張り所を間違えている。そのあたりを冷静に見直して、来季なんとかもうすこしまともな、光るレースを見せて欲しいものだ。



@@@



これで2004年シーズンのMotoGPも終了である。レースを追っていると実に一年があっという間に過ぎていく。

今シーズンを見渡しての感想は、また気が向いたときに改めて書いてみたい。気が向いたらね。
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