これね、人が労働に対して得られる報酬としては非常に大事なものだと思うわけよ。
■[N:ネタフル] 褒められるのは現金をもらうのと同じ?
〜人は褒められると、現金を受け取った場合と同じ部位が活性化することが明らかになったのだそうです。〜http://netafull.net/neta2008/025631.html安くてカネにならん仕事でも、自分がやったことが「褒められれば」それを埋め合わせる一助にはなり得るわけで。
人使いが下手な(定着率が低い)会社って、ここんとこがわかってないんだよね。安い賃金で人をこき使ったうえに、やった仕事には文句ばかりつける(あるいは何も言わない)。これじゃあ働いている方にしてみれば「やってられっか!」ってことになるわけで。
人が働いたことに対する報酬には、金銭的なものだけでなく、それをしたことで「人に認めてもらえるという満足感」というファクターがある。馬鹿馬鹿しい話とお思いでしょうが、これって真実だと思う。タダでやったことに対してでも、「ありがとう」その一言だけでうれしかったりするわけじゃん。
ちなみにだけど、僕も外の人に仕事頼んだときは、可能な限り最後に「ありがとうございました」とお礼の一言を添えるようにしてる。仕上がり悪けりゃそりゃ文句のひとつも言うけど、やってくれたことに対してはお礼を言う。これは仕事を頼んだ相手には、最低限「気分良く仕事をしてもらいたい」と思っているからだ。どっちかというと僕は、仕事に対する金銭的な報酬ってのは副次的なものだと考えて「も」いる。(もちろん僕だってタダ働きはしたくないけどさ)
そして、これは公の仕事だけでなく、私の領域、たとえば家でカミさんになにかしてもらったこと(炊事洗濯その他の雑事)についても「ありがとう」と言う、ということとも同義である。これが日常に埋没してついうっかり忘れちゃったりすると、結構簡単に危機的状況が訪れたりもするんだよね(笑)。
・・・いや、笑い事じゃないのよこれ。夫婦でいることに対する金銭的な見返りが期待できないような状況(一般的にはみんなそうじゃないの?)では、互いに対する思いやりだけが最後の鎹(かすがい)になるのである。所詮他人同士である二人が、夫婦というシステムを維持していく(いかれる)というのは、つまりそういうこと(お互いの支えあい)なのだから。夫婦であるということは、否が応でも金銭的な結びつきが必然的に発生してしまうけれど、それよりも精神的な結びつきなくしては、その形態が維持できないものなのである。
・・・む、なんか柄にもなく僕はいまいいことを言ってしまったような気がするぞ。